明日襷のブログ

神輿,バンコクへ

神輿が,バンコクにある。 お神輿とは,何だろう。きっとそれには答えられない。 答えのない存在だ。それは日本のカミサマへの考え方。 形でも,伝統でも,意味でも無いと思う。 意味のない神輿、って何だろう。 意味のある神輿,って何だろう。 僕は深く考える。 お神輿の正体を。 杭一本でいい。それが答えであるならば,神輿の正体はそこにあるはずだ。 バンコクに神輿がある。そこにいる人たちが,真剣な顔で,汗を流す。 眼差しが変化する。目が,熱くなる。 そのあと,最高の笑顔,拍手。 そこに答えがあるのでは無いか。神輿の正体を知りたい。 僕はまた明日,もう一度神輿を上げる。たくさんの人の,心を揺らすために。

南仏神輿物語13  銀のベールの下には

2014/12/16 フランス神輿

覚えているだろうか。 子供の頃の12月,ときめくような朝を迎えた日。 大人達は子供達に公然と夢と言う名の嘘をつき,子供達はいつしか気付き始める。 気付いていることがクールなような気がして,ただ子供はささやかな朝を迎えるために,根拠の無い現実を模索している。 朝起きて,リビングに飾られるツリーの下に置かれている煌びやかな異質。 一週間もすればそれは日常となりときめきは失せてしまい,さらに来る新年の幸運を期待する。 子供達は普段より早起きして,急いで異質を確認するのだ。 南フランスの町,ダクス。 この高校へと僕たちはやっと辿り着いた。 思えば長い道のりだった。 出会いと小さな奇跡が重なって産まれた物語が始まろうとしている。 日本から,10000キロ。 見たことも聞いたことも無い場所。 そこで産まれる縁と,遠い物語を僕は宙を見て想像していた。 神輿が,高校に届いているはずだ。 僕は高校に来て一番最初に神輿のことを尋ねた。 それが置いてあるのは僕らが泊まる体育館だと言う。 案内してくれる二人の教師との自己紹介もままならないうちに,僕は小池君とともに神輿の姿を探した。 体育館の端にひっそりと置かれている銀色の包みに梱包された大きな塊。 そして大きな段ボールの数々。 僕の心には一瞬の少年が甦っていたような気がする。 梱包を解く胸の高鳴りは,忘れていた感情の記憶を取り戻していた。 銀の包みの中には,二人で磨き上げた神輿の姿が。 赤銅色に鈍く艶やかな木部に,眩しく光る真鍮の錺。 10000キロの旅を終え,寸分の変わりもなく神輿はここにあった。 物語のページがめくられた瞬間だった。 銀の包みを,ベールを取った瞬間,僕の手から伝わってくる電流のような感覚。 日本の,故郷の,じいさんの思いが神輿とともに弾けた。 何かが,繋がった。 これから作られる風景は,どんなものなのだろう。 神輿を上げるたび,人のうねりと思いが作る風景はどんな時も美しい。 思いがひとつに集まった神輿の姿は,たまらなく妖艶だ。 それがどんな場所でも,どんな人でも。 人間のエネルギーが垣根を超えて集まるのだとしたら。 僕は遠い地で,神輿と一瞬の約束を交わした。 “beautiful!” 神輿が露になった瞬間に,時が止まったようにみな目を見張った。 見たことも聞いたことも無い,日本からの宝物。 この一瞬時が止まるような風格が,神輿の形の力なのだろう。 歴史が辿り着いたデザインは,もうすでに人の心へ刺さっていた。 開かれた時とともに,物語はさらに紡がれて行く。

南仏神輿物語12 ダクス

2014/11/20 フランス神輿

フランスを巡る秋の匂い。 刈り取られた小麦畑が創り出す丘の三次曲面が美しい。 古い石造りの家は風景に自然と参加している。 そこを行く人の姿は爽やかで,車も少ない。 日本の田舎のように高い建物は見られず,一軒一軒が遠い。 広い空のその向こうまで畑や草原は広がっており,時折そこを牛や羊がさも気持ち良さそうに歩き,草を食む。 自由な風が吹いていた。 僕たちは窓を全開にしてそんな自由な風をめいっぱいに感じながら陽気にフォルクスワーゲンを走らせた。 異国の地,日本から来た一風変わった仲間達が走る。 詳細な地図はない。 おおよその方角を目指し,見知らぬ道を走っていく。 静かで,どこか明るい空気の中だ。 車内ではさっき買ったばかりのチーズと生ハムをはさんだサンドウィッチがたくさん作られて,フランスの豊かな文化を体いっぱい感じていた。 ちっとも言葉のわからないラジオが流れ,音楽が流れる。 僕も運転しながら,ほとんど誰もいない道を自由気ままに走らせていた。 僕たちはダクスへ近づいていた。 目印はたまに見える標識だけ。 ダクスと言う文字をひたすら探し,時に舗装されていない道も行く。 豊かな空気に育まれたモモやプルーンをかじり,車内にずっと響く大きな笑い声は,これからはじまるたくさんのい素晴らしい物語を予感させていた。 2時間ほど走っただろうか。 「町」が現れた。 今までとは全く違う車の数。 大きなスーパー,商店街。 町を貫く大きな川は,アドゥール川。 町にはルノーとシトロエンが溢れる。 BMWとメルセデスは日本と同じくらい走っていた。 日本車は少ない。 車がごった返す橋の下を,車高の高い座席からのぞくと美しく川は流れている。 見るもの全てが新しい。 こんな遠くの土地に祖父が作った神輿が来ているなんて想像しきれない。 僕たちは最初の目的地,ダクス・ランド・ハイスクールへ近づいている。 そこにはきっとたくさんのご縁が待っているんだ。 初めて見る闘牛場を横目にフォルクスワーゲンは走る。 ダクス・ランド・ハイスクールはかなり大きな高校だ。 まだ誰も電話を使えないのでとりあえず乗り込むしか無い。 やっと探した駐車場に車を停めた。 外へ出て,思い切り体をのばす。 思えば,東京から目的地ダクスまで20時間以上かかっている。 目的地へ本当にやっとついた開放感が体を満たし,ダクスの空気を胸いっぱい吸って,僕たちは学校へ入っていった。 ここには大島君が一度訪れている。 彼が以前会ったというフィリップとアラン。 彼らはラグビー部を率いる体育教師。 今回のプロジェクトを受け入れてくれた彼らを探す。 彼らは授業中だったが,僕らの到着を本当に喜んでくれたようで,欧州人らしい体いっぱい使った表現で僕らを歓迎してくれた。 授業中の生徒達は,異国から来た僕らを興味深そうにはやし立てている。 挨拶もそこそこに,僕は早く神輿を見たかった。 僕たちは寝泊まりする小さな体育館へ案内され,そこに厳重に梱包された神輿が,あった。 一緒に直した小池君と僕は足早に駆けつけ,梱包を解いた。

南仏神輿物語11 フォルクスワーゲン

2014/11/13 フランス神輿

空は、くすんでいる。 フランスについたからといって青空が出迎えてくれるわけではなかった。 ポーと言う小さな空港に大きな荷物を転がし一行は南フランスへ辿り着いた。 しかし、日本の都会と比べてさほどの違いは無い。 日本人があまりいない、というだけでポーの空港は日本の地方のショッピングモールの印象に近い。 いかに日本が西欧のセンスを真似しているのかがよくわかる。 あまり感動のないまま僕らは目的地ダクスへ向かうべく車を借りることにした。 しかし人数は6人、大きな荷物がたくさんあった。 普通の乗用車では難しく僕が日本でいつも乗っているマツダのボンゴ、トヨタのハイエースのようなものを探した。 いつも運転しているし、便利さはわかっている。 なかなか見つからなかったが、いくつかのレンタカー屋をあたり、やっと9人乗り、フォルクスワーゲンのバンを借りることが出来た。 僕は車に乗ってやっと異国を感じてきた。 左ハンドル。なにより厄介なのはシフトレバーが逆なことだ。 車体もそれなりに大きいため慣れるのに時間がかかる。 日本でもマニュアル車しか運転しないが、普段全く運転しない人ではおそらく到底運転出来ないだろう。 手に入れた大きな移動手段。 仲間達は荷物を詰め、僕の運転するフォルクスワーゲンに乗り込んだ。 これから始まる物語の予感がして来たようだ。 みんなの気運が高まっている。 さっきまで疲れていたみんなの声が弾んでいるのがわかった。 正確な地図も持っていない。 僕らはダクスへ向けクラッチを上げた。 フランスの道には、ラウンドアバウトというものがある。 というより、信号がない。 信号の代わりにほとんどの交差点がラウンドアバウトというものになっている。 これは、交差で交差するポイントに円状に道路が作られ、そこを回りながら進行方向に向かうといったものだが、方向も定まっていない僕らは、慣れないのも手伝ってとりあえず行きやすい方へと流れていった。 そこで見つけたのがスーパーマーケット、カルフールだ。 フランスにも日本の地方に見られるような大きなスーパーマーケットがある。 僕たちは最初の買い物を、ここですることにした。 日本でも言えることだが、他の土地を訪れた際、スーパーマーケットに行くのは大変面白い。 その地方にしか売っていないものや、そこでしか見られない風景が必ずある。 異国であればなおさらだ。 ここで特筆すべきはやはりチーズと肉製品の充実だろう。 日本では先ず見られないだろうチーズの種類、そして大きさ。 価格もそんなに高くない。 異国でのハイテンションも相まって、大量のチーズと生ハムを購入した。 あとバゲットがあれば、最高級のサンドイッチが出来上がる。 ダクスまでどのくらいかかるのか、何があるのかは一切わからない、が美味しいサンドイッチがあれば旅は豊かになるはずだ。 今度は食糧をたくさん詰め込んで、僕はエンジンをかけた。 神輿は、もうダクスにある。

南仏神輿物語10 シャルル・ド・ゴールの朝

2014/11/10 フランス神輿

約13時間。 僕たちは数カ所に分かれ,狭いエコノミークラスの椅子で退屈な時間をやり過ごしていた。 飛行機の中は,窮屈という二文字があまりにぴったり当てはまる空間だ。 乗る前に時間をつぶす方法を色々と考えていたが結局あまり何もせず寝ていた。 起きると,パリはもう近かった。 飛行機の中では何も感じられないが,大分遠くに来たようだ。 室内は,寒い。 到着したのは現地時間の朝4時ころ。 東京とパリでは約7時間の時差がある。 重量制限をクリアするため無理矢理荷物を分けて振り分けた手荷物はとても重く,飛行機を降りても,薄暗く灰色の無機質な空港では,遠い地を感じる事はなかった。 ここから国内線に乗り換え,ポーという空港へ行く。 出発はAM8時。 約4時間。 僕らは空港内を走る黄色いバスに乗り込み,出発ロビーへ向かった。 ロビーへつくと,やっと見慣れない風景が見えてきた。 日本人のほとんどいない広い空間。 ちっとも内容のわからないフランス語のアナウンスや案内板。 僕らは朝ご飯にサンドイッチを買った。 フランスのサンドイッチは大きい。 空港のため値段も高かったが,フランスに来て初めての食事だ。 そのサンドイッチの美味しいこと! 空腹や,異国の食事だというスペシャリティもあったが,それよりも先ず,美味しい。 日本でサンドイッチを食べても,添加物のかたまり,といったところで美味しくはない。 しかしフランスのサンドイッチは,きっともっと材料がナチュラルで,ハムもとても味わい深い。 土地を移ると先ず美味しいものを探したくなる僕は,サンドイッチを食べて新しい場所に来た事を確認した。 ここは,フランス。 ここでもう一人合流した。 京都から来る,えりちゃんだ。 彼女は女医さんで,僕の学生時代からの友達。 忙しい中も世界中色んな所を回っている。 先日京都へ行った時,フランスでのお祭りの話をしたら,ふたつ返事で行く!と。 自由闊達な女性だ。 もうすぐ飛行機が飛ぶ。 国内線は数十人しかのれない小さな飛行機だ。 南フランスの小さな村へ向かう日本人の集団。 僕らが神輿を上げに行くことなど,だれも知らないだろう。 今日,ダクスの町で約2ヶ月ぶりに神輿と再会する。 暗いガレージで何日も何日も磨き上げた神輿は果たしてしっかりとフランスへ到着しているのだろうか。 ついにフランスへと降り立った。 数日後,神輿が上がる。 一年に何回も何回も行っていることだが,今回はたくさんの特別で彩られている。 神輿の力を,示せるだろうか。 少しの不安と再会する慶びを胸に抱き,僕は小さな飛行機の椅子でもう一度,短い眠りについた。

南仏神輿物語9 羽田空港

2014/10/27 フランス神輿

風と鳥と自由。 夜,飛行場から飛び立つ飛行機を見て,僕はそんなことを考えていた。 鳥は空を飛ぶ時,その翼を大きく羽ばたき空へ飛んでいく。 空中で風に乗り,滑空している時,例えようのない自由を感じるのだ。 鳥の気持ちはわからない。 彼らは必死かもしれないが,人は自由を感じる。 理屈の無い感情は,人の遺伝子に刻まれた空への憧れなのか。 風をつかまえた鳥の姿は美しい。 これから僕たちは,フランスへ行く。 僕は,祖母の家から桃色の大きなトランクと,黒いバッグを持って家を出た。 親戚の黒いエスティマが迎えに来てくれた。 羽田空港へ。 出発の日,それはいつも特別な日だ。 まだ幼い頃,どこかへ出かける時,どうしてあんなにもワクワクしたのだろう。 まだ見ぬ知らない場所へ思いを巡らし,夢のような風景が無限に湧出してきた。 心踊っていた。 しかし今心の中は少し違う。 異国の地で神輿を上げるワクワクのアウトラインがくっきりしている。 アウトラインをなぞるのは,責任感だろうか。 ネオンサインやテールランプ,空には飛行機の灯りが近い。 それでも月は変わらず輝いていた。 夜の湾岸道路。 空港に,着いた。 久しぶりに訪れた羽田空港。 ここに,仲間が集まって来る。 仲間達と行くフランスへの神輿渡御。 たくさんの物語が待っているはずだ。 エレベーターを上ると,出発ロビーだ。 たくさんの人が大きなキャリーバッグを転がし,歩いている。 ここで合流するのは,4人。 大島君,たくや君,後藤さん,そして小池君だ。 石巻,茨城,東京,会津,横浜。 様々なところから集まって来た。 間違いなく祭が,神輿が繋ぎ,深めたご縁。 物語は始まろうとしている。 集まって来た仲間達はみな素晴らしい表情だ。 一人,また一人と再会するたびに,エネルギーが集まるのがわかる。 みんなでこの日のために様々な試行錯誤をしてきた。 思いはそれぞれだが,目的はシンプルだ。 神輿を上げること。 最後の一人と合流する前に一杯のブラックコーヒーを飲み干して,僕は眼差しを新たにした。 全員が,集まった。 仲間達が集まると,自然と豊かな会話が生まれ,笑顔が咲く。 仲間達の笑い声を聞いて,物語は動き出す。 僕たちはフランスへ,奇跡を起こしにいく。

南仏神輿物語8 かたつむり

2014/10/25 フランス神輿

かたつむりを最近見ない気がする。 まだ小学生だった頃,かたつむりを飼ったことがある。 そいつは紫陽花の大きな葉の中にいて,ゆっくりじっくりと歩いていた。 そういえばやつらには2本の角があって,何かを探していたのだろうか。 出発の朝,6月の雨の日。 目が覚めても,昨晩の雨は弱まってなかった。 予報は,雨時々曇り。 神輿搬送のタイミングは,「時々」にかけるしかない。 シトシト,ではなく土砂降りの雨だ。 それでも神輿を運ぶため,力綱をかけなければならない。 かけなければ,神輿は壊れてしまう。 作業場となっていたガレージの天井が低く,一度外に出さなければ鳳凰がつけられない。 応急でブルーシートで屋根を作り,神輿を引っ張り出した。 とても美しい。 くすんだ天気の中でも,真鍮は黄金色に輝いている。 日の光があればより神々しく輝くのだろうか。 大島君と二人神輿に縄をかけていく。 神輿には鳳凰がつけられた。 力綱は,鳳凰の足にかけられる。 鳳凰が降り立った神輿の姿は,ただ美しい。 日本人が行き着いた神輿と言う造形は,遺伝子を揺さぶる。 鳳凰は,遥か海の向こうで羽ばたくのだろうか。 神輿は,静かにその行く末を待っている。 雨は,勢いを止めない。 出発は,昼過ぎにすることになった。 あまりの雨量に,神輿を運ぶのは難しい。 午後雨が弱まるのを待つことにした。 修復は,約一ヶ月。 かなり急いでの作業だったが,神輿は見違えるように美しくなった。 神輿と向き合い続け,夜を重ねた。 それは神輿と,背負って来た人達,祖父との会話だった。 神輿は新たな舞台へと旅立って行く。 たくさんの人との出会い,たくさんの物語が待っているのだろう。 神輿には,さらに数人の仲間達の思いが乗った。 神輿はキャンターに乗せられた。 神輿と,馬,飾り綱,鈴,掛け矢,麻縄,拍子木,輪木。 一式が搭載される。 青いキャンターの荷台に輝く金色の神輿。 その姿は子供の頃憧れたロボットの様で,かっこいい。 だけど少しだけ,かたつむりに似ていた。 神輿はたくさんの笑顔に囲まれて送り出されることになった。 古びたクラクションの音が,空になったガレージに響いた。 僕たちは横浜港へと向かう。 神輿は港で運送会社に引き渡され,船に乗る。 横浜港へ入るのは,初めてだ。 たくさんの大型トラックが行き交う。 独特の雰囲気がある。 整備され,地区は大きく区画分けされている。 道路はかなり広い。 2トンのキャンターはここへ来ると小さく見える。 不慣れな僕たちは,目的地を探すのも一苦労だ。 引き渡し場所には,運送会社の人がもうスタンバイしていた。 神輿の輸送は,もちろん初めてだと言う。 複雑で細かい造形物の輸送には,細心の注意が必要だ。 フォークリフトで慎重に神輿は降ろされた。...

南仏神輿物語7 青いキャンター

2014/10/16 フランス神輿

僕は雨の中,ダンプに乗って首都高を走る。 染み,付いた煙草の匂い。 使い古されたシート,高い視点。 青く塗られた三菱,キャンター。 茨城から深夜横浜に向かう。 ワイパーは満足に雨を切らない。 クラッチが,深い。 神輿は無事,完成した、はずだ。 僕は小池君より一足先に茨城へと向かわなければならなかった。 完成の朝,最後の行程を小池君に任せて僕は神輿を後にした。 神輿は本当に驚く程きれいになった。 艶のある赤銅色の木肌に,黄金色に輝く真鍮の金物。 秀逸なのは,屋根だ。 金一色の金属光沢を放つ屋根は,祖父の神輿最大の特徴と言える。 時と思いが複雑に絡まり合い,「神々しさ」を纏う。 ついに明日,フランスへ向かうため横浜港へ行く。 僕はつくばからトラックを取って来る。 思いは,込めた。 深夜の首都高は車は少ない。 もう,3時だ。 視界は広いが良くない。 トップギアに入れてもスピードもあまり出ないので,左車線をゆっくりと走っている。 雨の中,追い越していく走る車のテールランプが眩しい。 聞こえるのは雨音と,エンジン音。 明日も雨だろうか。神輿は,もちろん濡れない方がいい。 このダンプは,平ボディーだ。 大船で,大島君と待ち合わせていた。 大分遅くなってしまっていた。 到着予定時刻は,4時だ。 大島くんは友達のガラスの作家と飲んでいた。 と言っても,大島君はお酒は飲めない。 彼は,佐賀出身だが震災後今は石巻に住んでいる。 今回,フランスで神輿を上げるべく共に動いてきた。 ついに,神輿が動き出す。 僕の思いも強いが,彼にとっても特別な日になるだろう。 ダンプは大雨の中到着した。 駅前には,車も人もほとんどいない。 僕は長い旅路で大変疲れていたが,やっと到着したことでほっとしていた。 久しぶりに,再会する。 石巻から,横浜へ何度も来てくれた。 なんとか明日を迎えられることを称えたかったが,強い疲労感の中でそんな余裕はなかった。 家に帰り,床に就いたのは5時ころだったろうか。 明日は朝から神輿に縄をかける。 長い旅路,振動に耐えるため神輿はその構造上力綱、という麻縄をかけなければならない。 そうしなければ壊れてしまうのだ。 神輿は,中に心柱という太い柱が入っている。 それが台輪という一番下の土台と,屋根にくさびで打たれているだけだ。 御魂が入る御堂,その上の構造である斗栱,さらに屋根は重ねられているだけだ。 そのためさらに綱をもって抑えなければならないのだ。 こうして神輿は振動に強くなる。 日本人の知恵だ。 僕らは明日を迎える。 神輿が,旅立つのだ。たくさんの思いが乗っている。 明日が,楽しみだ。

南仏神輿物語6 思いを刻んで

2014/10/13 フランス神輿

銅と亜鉛。 真鍮はその2種類の金属で出来ている。 黄銅,とも言われるが,その金色の光沢のために古来より錺金物としてもよく利用されてきた。 金より淡く,控えめな美しさは心に響く。 日常に手を加え,心を豊かに打つ。 真鍮の民芸品は世界中に見られる。手に入れやすい金属だからこそ,人のこころと手が形になっている。 神輿の金具も,真鍮だ。 装飾に使用される金属は通例で「錺」の字を使い,錺金物 かざりかなもの と言う。 神輿の木部に真鍮釘で打ち付けられる錺金物は数百になり,千を超える場合も少なくない。 金属表面には鏨 たがね によって彫刻が施される。 錺金物だけではなく,ジュエリーなども同じ。 そういった細工を行う職人を,彫金師という。 小池君は,会津の彫金師なのだ。 彼はさらに大学で漆を学び,金物と漆を合わせた可能性について探っている。 自身で作った煙管を加え,「小粋」という刻み煙草を吸っている。 愛用の煙管は昔初めて作ったものだという。 今だともっとうまく作れるんだけどさ,なんとなくこれがいいんだよね 物を大事にする。 それは日本人の美徳であると思う。 数百年,親から子へ,子から孫へ受け継がれていく。 美しいもの,と大事にされるもの,は同義ではない。 今,向き合っている神輿も祖父から受け継いだ物だ。 これを次の代へ繋いでいく。それが今を生きる僕の役割なんだと思う。 物,だけでなくこころ,それに伴う技術が引き継がれ,日本は形成されてきた。 時代は大きく転換している。 時代に飲み込まれてしまった文化も少なくない。 たくさんの技が,たくさんの風景が僕らの世代で消えてしまうのではないか。 胸を張って次の世代に,襷を渡すことが出来るのか。 若き仲間達は,真剣に今を生きている。 出航の日が近づく。 作業もだんだんと佳境に入る。 いつしか作業場には,少しでも力になれればと仲間が集まってきた。 みな,真剣な眼差しで,出来ることを精一杯取り組んでくれている。 思いが,込められる。 たくさんの思いと共に神輿は作り上げられていく。 そして,たくさんの人の思いにより担がれる。 そうやって数百年守られて来た神輿という文化を僕は美しく,愛おしく思う。 夜が更けていくと,また小池君と二人になる。 こうやって刻み込んだ日のことは,お互いに忘れないだろう。 ともに神輿を残していく仲間として僕たちはフランスへ行く。 歩んできた生き様を神輿に乗せて。 もうすぐ,完成。

南仏神輿物語5 夢の蕾

2014/10/09 フランス神輿

月が,あまりにきれいだ。 雲が風に乗り,流れている。 流れる雲の隙間から少し欠けた月が顔を覗かせる。 雲がかぶると,雲は紫に色彩を変化させ,とどまることが無い。 少し肌寒い,もう秋の夜。 神輿を直している頃,まだ初夏だった。 毎日必ず蚊取り線香に火をつける。 風の入らない車のガレージは,熱気と煙が溜まりやすく,扇風機を利用してうまく排気していた。 神輿に向かうことが,日常だった。 小池君が帰ってくる日。 僕たちは横浜で待ち合わせた。 神輿のもと,会津からまたやってくる。 さらにその日は小池君ともう一人,健ちゃんが一緒だ。 健ちゃんは漆の職人で,文化財修復の専門家である。 健ちゃんとも白銀神社の神輿の時に頂いたご縁だった。 神輿のもとに,また集まることが出来た。 これが紛れも無い神輿の力なのだった。 いつも神輿の周りには人がいて,ご縁がつながって行く。 金具は驚く程ぴかぴかになって帰って来た。 数百のパーツを,一枚一枚磨いてくれた。 真鍮はその輝きを取り戻した。 もう一度取り付けていくのは大変な作業だが,素晴らしい姿を思い描くことが出来た。 金具を取り付ける前に,木部を磨いていく。 数十年経って乾ききった木部に,油を吸わせる。 ウエスに油を吸わせ,丁寧に塗っていくと赤銅色に焼けた木は艶やかさを得る。 神輿はとてもパーツが多く,細かい部分を塗っていくのは根気のいる作業だが,段々と変化していくその神輿の姿に僕はこころ奪われていた。 この神輿がフランスへ行くという事実よりも,神輿が年月と人の手により、素晴らしく美しく変化していく姿が僕を感動させた。 小池君は絶えず金具に塗料を吹き付けている。 真鍮がまた空気に触れ,酸化してしまうのを極力抑えるために膜を作る。 吹き付け,乾いた金具が作業場に並べられていく。 そのひとつひとつが,輝いている。 細かい彫刻はされていないため,より強い光を放っているようだ。 本体である神輿を一面ずつ磨いていく。 磨いた面は,濃く深い色合いとなっている。 彫刻は立体感を増し,静かで奥深い空気を作っていた。 細かいところはパーツを外して磨いていく。 丹念に,祖父の手をたどっていくように。 限られた時間のため,毎夜作業は遅くまで長引いていた。 外はもう真っ暗だ。 道具の音だけが響いている。 夜はあまり大きな音は出せないので,限られた作業の中,静かに僕たちは様々な言葉を交わした。 職人という生き方,僕たちのその先には大きな夢の蕾が見えた。