明日襷のブログ

映画「祭の男MIKOSHI GUY」

2017/05/14 神輿、祭

・もう,祭出来ないかもね。 「もう、祭出来ないかもね。」 僕の人生を変えたのは,この一言だったのかも知れません。 震災の年,2011年。 僕の祖父は亡くなりました。地元横浜春日神社の祭に人生をかけ,40年以上,ずっと祭を盛り上げ,続けてきた人がいなくなった。 祭の日,幼い僕はいつもたくさんの人に囲まれていました。夜のくじ引き,カラオケ大会,お神輿,その後一緒に遊んでくれるお兄さん。 そんな楽しい思い出がたくさん詰まった日。一年に一度の大切な日。 そんな日を無くさないために,僕はどうにかしなければと思った。 誰かじゃなく,僕が。 僕はじいさんの孫だから。 ・ひとりじゃない それから,たくさんの祭を訪れ,とにかくがむしゃらに神輿を担ぎました。。 何回も,何回も。声枯れるまで,体が動かなくなるまで。 祭のことを,神輿のことを,誰よりも知らなければいけない。 一人の男がどうして人生をかけて臨んだのか。 本当の意味で継承するために深奥にある祭りの魅力を,力を。自分なりに探っていたんだと思います。 僕はたくさんの人に出会いました。 日本各地,ご縁がある祭りに精一杯,「それでも」行く。 そこには必ず,祭りを愛し,祭りを作り上げて来た素晴らしい先輩方がいました。 そして僕には仲間が出来ました。祭りを背負って行くのは,僕だけじゃない。 じいさんが命がけで作って来た祭りを継承して行くことは僕にとってとても大きな課題です。 本当に不安でした。だけど僕はひとりじゃない。 それは勇気に変わっていきました。 ・ヨーロッパで上がる神輿 お神輿を,フランスへ。 想像もしていなかった挑戦でした。確かに外国でお神輿を上げるのはワクワクします。 しかし,そのためには神輿,祭りというものの正体を掴み,しっかりと扱えなければ海外,特に人の気質も宗教観も違うヨーロッパでは神輿を上げることは出来ない。 神輿は何故,人の気持ちを高揚させ,連帯を産み,さらに美しく動くのか。 神輿を上げるのは,僕。 僕はさらにさらに深く,祭りや神輿の本質を目指して潜って行くことになります。 ・日本もフランスも,同じ フランスで神輿は上がりました。 美しく,激しく,豊かに。 神輿とは,祭りとは。その答えなんてわかっていなかった。 だけど僕の中にあった根拠の無い仮説を証明したかった。 理屈でなく,現象で。 誰もやったことが無いのだから,やってみて証明して行くしかない。 答えはきっとその向こう側にあります。 神輿を担ぎ上げた後,担いでくれたフランス人の溢れるような笑顔,連帯,その空気。 僕が小さな頃から知っていた神輿を担ぎ上げた後の最高の風景と何も変わらなかった。 これが神輿の力,祭りの力。 僕は祭りの持つ底知れない大きな力の核に少しだけ触れることが出来た気がしました。 ・僕が祭りに恩返し出来ること 僕にこんなにもたくさんの仲間と,経験と,最高の瞬間をくれた祭り。 先人が命がけで守り,伝えて来てくれた祭りに感謝し,僕は残された命を祭りへの恩返しに捧げようと思っています。 僕の祖父は最後まで祭りを愛し,その人生をたくさんの素晴らしいご縁に囲まれて終えていきました。 今までがむしゃらに祭りにぶつかり,探り続けて来た。 でも僕は少しだけ祭りの本来持つ大きな力に近づくことが出来たような気がします。 これから,次世代にどんな祭りを残せるか。 残念ながら,祭りを含めた日本の風景はだんだんと消えていっています。 受け継がれた志は,消えてしまうかも知れない。 あと30年かけて,どんな祭りの未来を残せるか。 それはこれからの選択にかかっています。 より良い未来を作るなら,より良い選択をし続けるしかない。 祭りの日,あんなにも楽しそうに笑っている人たちの風景がずっとずっと続いていきますように。...

2016年の感謝の気持ちを

2016/11/15 神輿、祭

今年も,祭りのシーズンが終わった。 2月,バンコクJAPAN EXPO。 バンコクでもう一度,みこしを上げた。日本のことを学ぶタイの学生たちとサイアムのパラゴンホールを蹂躙し,汗だくになって駆け抜けた。 日本での最初の祭りは,岐阜県手力雄神社だったか。 炎の祭典。 今年も髪の毛を焦がしながら,爆竹の噴煙の中を声枯らして走り抜けた。 それから,山梨県美和神社。 数年前の山梨県の雪害の際にボランティアの仲間を通じてご縁ができたこの祭り。 今年も快く受け入れてくれた。 みんなで顔に落書きして,また思いっきり担いだ。 やっと,やっと少しづつ里の人たちの仲良くなった。 それから,石巻雄勝の大須と桑浜の祭り。 僕の大切な大切な祭り。 震災をきっかけに,本当に素晴らしいご縁を頂いた。 海に浸かり,神輿にぶつかり,腕が上がらなくなるまで,声が出なくなるまで! 叫び,担ぎ上げた。 ゴールデンウィークに入って,岡山備前国総社宮。 昨年の感動的な竣工祭から2回目の神輿渡御。 北山神社から頂いた古いけど立派なお神輿を担ぎ上げた。 たくさんの「ともだち」が,いた。 そして,小田原大稲荷神社。 そこにはずっと大切にしている素晴らしい仲間たち,先輩がいる。 今年もたくさんの後輩とともに小田原4区の神輿を担いだ。 小田原木遣りを歌いながら・・・。 そのあと僕はヨーロッパへ。 カルナヴァール・デア・クルトゥーレン。 100万人を超えるヨーロッパ最大級の祭典。 祖父の神輿が最高の舞台で上がった。 ベルリナーたちと本気で作り上げた奇跡。 さらに1800キロのドライブを超え,南フランスダクスへと。 高校生たちと再会しもう一度神輿を担いだ喜びを忘れない。 僕は高校で高校生たちと本気でコミュニケーションし,笑アキレス腱を切った。 これで夏の祭りは絶望的・・・。 帰国してしばらくは今年は祭りを断った。 7月になると,つくばの小田祗園祭。 僕は見学するだけのつもりだったけど,目の前の大獅子に我慢できず足の保護用のブーツを履いて御神行に参加していた。 ベルリンから来たオーレルくんを連れて,北鎌倉八雲神社,浜降祭へも行った。 神輿は担げなかったけど。 それから郡上八幡徹夜踊りへ。 僕はあんまり踊れなかったけれど大好きな郡上の祭りにまた行くことが出来た。 お神輿をやっと担げるようになったのは,横浜杉山神社だったかな。 担げる,といってもなかなか足がまだ戻らなくて フランス神輿を一緒に担いだレオナくんとフランス以来のお祭り。 錦糸町の河内音頭ではベルリンの仲間たちがみんな集合して日本なのにベルリンみたいだったなあ。 たくさんの素敵な出会いもあった。 まつりつくばが終わると9月。まだ足の調子は戻らない。 9月はなんと言っても地元横浜春日神社のお祭り。 この日のために毎年多くの祭りを重ね,本気で取り組んで来た。 じいさんの神輿を一年に一度,何としても上げなければいけない。 たくさんの仲間とともに,今年も神輿が上がった。 秋になって小田原成田三島神社。 小田原の仲間とのシーズン終わりの祭り。 重くて大変だけど本当に楽しいお祭り。 10月はそこから毎週関西。...

[ベルリン神輿から南フランス神輿へ③]そこにおっさんはいなかった・・・。

2016/05/27 神輿、祭

おばちゃんと別れ,重い荷物に精魂尽き果てた二人。 最後の救いもいなくなって,川沿いの原っぱに荷物を投げ捨て倒れ込んでいました。 今日は野宿かーと荷物の中のテントを思い出して,汗だくの体を休めていました。 ちょっと休憩したら,僕はふと起き上がって,目の前の家の周りを歩いてみることにしました。 時刻は21時近く。暗くなってしまったら捜索は断念です・・・。 目の前の入り口から大回りして,反対側の入り口へ。 公園みたいな大きな敷地の周りを歩きます。荷物が無いから,足取りはさっきより軽く。 すると,なんと入り口にはJORDAの文字が! ここが,探していたおっさんの家でした。 僕は急いで勇ちゃんを呼びに行き,荷物を背負って門の前へ。 2年前のおっさんに,会えるかもしれない! ドキドキワクワクしながら「ボンジュール!ボンジュール!と叫びました。」 すると,夫婦が出てきます。 不思議そうに僕たちを見ていますが,いつもの感じで写真とメモを見せると,二人は笑顔に変わり,しきりに写真を指差して何やら言っています。 今までと明らかに違う反応! そして,僕らを招き入れてくれました。 公園かと間違うほど広い敷地の家。そこに2軒大きな家が建っていて,彼らが住んでいるのはそのうちの一軒です。 何となくおっさんに似てるおっさんと,その奥さん。 奥さんには少し言葉が通じたので事情を説明します。 するとどうやらおっさんに似たおっさんは探していたおっさんの弟で,(ややこしいですね) おっさんは今日は夜のカードゲーム大会に参加しているため深夜にならないと帰ってこないとか。 だけどやっとおっさんにたどり着きました!やったぜ! 頂いたラザニアは大変美味しくて,喉も渇いていたのでワインをごくごく飲んでしまいました。 おっさんはどうやら向かいの家に住んでいて,次男と二人暮らし。 大きな犬を飼っているようです。 そして,おっさんの名前は!!!DIDIE!!ディディエでした! 2年ごしにわかったおっさんの名前!そして辿り着いたお家! 感動に包まれながら僕ら二人は黒猫のムンムンと戯れて2階に寝てもらうのでした。 その日ぐっすり寝られたことと言ったら! 明日,きっとディディエが家に帰ってきます。。。  

[ベルリン神輿から南フランス神輿へ②]おっさんと耳を探せ!

2016/05/25 神輿、祭

さて!モンレジョ駅に何とか到着しました。 もう時間は18時半。フランスは21時過ぎまで暗くなりませんが,そろそろみんなお家へ帰る時間です。 僕らは2年前この小さな村で会ったかすかな記憶と一枚の写真を頼りに名前も知らないおっさんを探すことになりました。 昨日忘れた「獅子の耳」も・・・! 僕も,もう一人の勇太朗(以下勇ちゃん,ベルリンから一緒に旅してきた最高のともだち)も,大変重い荷物を背負って汗だくになりながら聞き込みを開始します。 おっさんの写真と昨日書いたメモを持って・・・。 僕らの作戦は, 1、まずおっさんを見つける 2、おっさんに昨日泊まった家に電話してもらって耳を返してもらう の流れです。 どうせ小さな村だからと駅から少し歩いてみても,まず全然人がいない! ちょっとしたスーパーに着いて聞いてみても誰も知らず,ヒッピー風のおっさんに意気投合した感じを出されて(特にしていないけど)とりあえず2年前見た風景を見つけに丘を上ります。 しかし想像以上に体力を消耗します。 すれ違う人に何回聞いても誰も知らない・・・! 小さな村だからって全員顔見知りというわけでは無いようです。(当たり前か) 少し道を間違えたりして手がかりが全然無い中時間ばかりが過ぎていき,もう8時近く! そろそろ暗くなってきます。 野宿を覚悟しながらも2年前泊まった教会を見つけ,祭りがあった市役所の方へ。 汗だくになりながら教会の角を曲がって真っ直ぐ歩いていきます。 前来た時は,ここにぶどうがなっていたっけ。少し期待しながら,季節が違うことに気づいてがっかり。 お腹すいたし,のども渇きました。 丘の上の広場に着くと,目の前はピレネー山脈です。 疲労困憊,意気消沈の僕らには残酷な美しさ。 ベンチに座り込み,荷物整理という名の休憩を始めます。 しかし休憩中も捜査は続行。 先程より少し真剣さが欠けますが通る人には必ずメモと写真を見せます。 エキュスキューズモア→メモを見せる→おっさんの写真を見せる→首を横に振る→メルシー がルーティーンになってきた頃,一人のおばちゃんが登場! 右手にミントと水を持った気の良さそうな散歩中のおばちゃんが,何やら協力してくれることになりました(フランス語なので雰囲気)。 多分!近くのお店の人なら知ってると思うから一緒に言って説明してあげるよ!と言っています。多分。 それからまた荷物を背負い,おばちゃんと一緒にピザの移動販売のおっさんに写真を見せると。 知ってる知ってる!と言っています。(多分) 彼の名はJORDA。名前がやっとわかりました。 おばちゃんがJORDAの家をピザ屋に聞いてくれて,何とか家が判明!(多分) なされるがまま,僕たちはおばちゃんについて行きました。 おばちゃんの懸命な聞き込みにより,何とかこの辺ではないかと言うところまで来ました! 門の前で考え込むおばちゃん。 多分ここだと思うんだけどなーっぽい雰囲気を出して門から奥のお家へと入っていくと,前から大きなシェパードが走ってきて,おばちゃんが慌てて逃走! 僕たちもおばちゃんのただならぬ顔を見て,逃走! おばちゃんが困ってしまっていたので,僕たち二人でこの辺で待ってみますっぽいジェスチャーをして,おばちゃんに10回くらいメルシーと伝え僕らは野宿を覚悟しました・・・。    

[ベルリン神輿から南フランス神輿へ①]モンレジョについた日

2016/05/24 フランス神輿

ベルリンから1800kmの道のりを走り,モンレジョに到着。 神輿を乗せた黄色のバンは,盟友ニコちゃんが運転し颯爽と帰って行きました。 しかし,その晩ニコちゃんから連絡があり,「鍵がない!」と。実は黄色のバンは鍵が回らないトラブルにより直結により動いていました。 翌朝,Ayalex Toshierのばあちゃん家の庭を見ると,鍵が落ちていました。 車は15時までに返さなくてはいけない!僕たちは急いでトゥールーズを目指します。近所のおばちゃんが車で送ってくれて,何とかセーフ。ニコちゃんに鍵を返すことが出来そうです。 しかし僕らは電車の車内であることに気づきます。 何と,獅子舞の耳が無い! 急いで車から降りたので,おそらくおばちゃんの車に忘れてしまったのでしょう・・・。 僕らはとりあえずトゥールーズを目指します。 駅近くのケバブ屋でwifiを拾い無事ニコちゃんに連絡。 長い別れだと思っていたニコちゃんともう一度再会でき,感動でした。 ケバブ屋のお兄さんは獅子に興味津々で,何度説明してもドラゴンと言い張っていました。 その後,もう一度アイテム「獅子の耳」を見つけにモンレジョへ。 2時間も時間があったので獅子を背負いトゥールーズを歩き回っていると街ゆくピエロに話しかけられたり(ピエロは敬意を払う時,帽子ではなく鼻をとるらしい)大きな教会の中では興味津々のアフリカ人に質問攻めにあったり楽しかったです。 それから僕らはもう一度列車に乗り込みモンレジョへ。 僕らのミッションは2つあって, 1、2年前モンレジョで神輿を上げた時に仲良くなったおっさんを見つけること(手がかりは当時撮った写真のみ。名前もわからない) 2、アイテム「獅子の耳」を取り戻すこと。 僕らは期待と,ちょっぴり不安を抱えて列車の中の南フランスのヤンキーの様子をちらちら見ながら約1時間半の道のりを楽しんでいました。 さあ,モンレジョに到着! おっさんと「獅子の耳」の捜索が始まります・・・!

ベルリンで神輿が上がった

2016/05/16 神輿、祭

ベルリンで、最高に嬉しい神輿が上がりました。 ベルリナー達の熱狂は、渦となって美しく力強い神輿の姿となっていました。 終わった後の直会では、みんな口々に 「来年はこうしたい!こうしよう!」 と話していました。 いつか神主さんに言われた、 「海外で神輿を上げるなら、来年もやりたいと思ってもらえる神輿の文化を伝えなさい。それが10年、20年と続いたら、日本人はそれを神様と呼ぶのかもしれないね」 の言葉が思い出されました。 祖父の神輿がベルリンのたくさんの人に担いでもらえて、最高の笑顔をたくさん作り出せたこと。僕は本当にこの神輿を、祖父を誇りに思います。 文化の力、祭りの力は素晴らしい。 日本人であることを誇りに思った最高の一日でした。 本当に楽しい祭りが終わって, 「日本にはこんなに楽しい祭りがたくさんあるんでしょ!本当に素晴らしいね!」と たくさんのドイツ人に言われました。 だけど僕は, 「祭りはたくさんあるよ,だけど今どんどん無くなっているんだ。そしてそれを守る人も減っているんだよ。」 と言いました。 信じられない!日本人はどうかしてるの!? と言った表情。 僕は自身の文化を大切にしなければいけないと心から思いました。 ベルリンでお神輿を上げることができて,本当にたくさんの笑顔に囲まれ,たくさんの人たちが神輿を肴に飲んだ日。 僕はより一層の思いで,引き続き日本の祭りの未来に貢献しなければと感じました。 これからもたくさんの人に祭りの楽しさを伝え,守る方法を模索していきます。 祭りのこころ,日本人のこころとは何なのか。 もっと真剣に考え,行動していこうと思います。 僕たちの次世代のために。 何を残さなくてはいけないのか,何を残してはいけないのか。 最高に楽しかった一日は,強く自身を律することになった一日でもありました。 TBSnews http://news.tbs.co.jp/sp/newseye/tbs_newseye2774844.html

導かれた場所,すさみ町〜和歌山周参見王子神社〜 最終章,宮入りへ

朝,今日は周参見王子神社の本宮です。 昨日の宵宮の雨は止んでいました。 今日僕はお神輿を担がせてもらいます。 「お神輿」というキーワードで僕はどれだけのご縁を頂いたでしょうか。 この日のお神輿,僕は最年少です。 三日目になると,少しづつみんなとも顔馴染みになってきました。 「おはようございます!」と言うと,笑顔で返してくれる朝。 もう一度,神社へ向かいます。 神社には各町からだんじりや屋台がやってきていました。 小さな神社に,たくさんの人が集まります。 焼きそばや,フランクフルトの出店の前では,嬉しそうに子供達が集まっている。 僕も小さい時,あんな姿でした。 そんな風景が,今も更新され続けるすさみ町。 僕は下地の半纏を脱ぎ,神輿衣装に着替えます。 烏帽子と装束を着ますが,下に着るのは「タッツケバッチ」です。 はじめタッツケバッチとは何のことなのかよくわかりませんでしたが笑,和歌山の言葉で,祭り衣装の股引のことを言っているみたいです。 僕はお囃子をたたく「若衆」とは別に,衣装を着替えて下地のレジェンド達と神輿を担ぐことになりました。 皆,一年に一度のお神輿に備え,シャツの肩部分の内側にタオルを入れ,縫い付けてあります。 手作りでお神輿用に作ったんだろうな,と思うと少し微笑ましくなりました。 すさみのお神輿は特に掛け声はなく,談笑しながら担いでいきます。 神輿は海へ向かいます。 街中を歩いている時も,みんな家の前に出て,おばあちゃんと,おじいちゃんと。 笑顔で神輿やだんじりを迎えてくれます。 すさみ町下地地区は,全部で約600人程しかいません。 都会のお祭りの様に,我関せずと素通りしていく人なんて一人もいない。 僕は,人がたくさんいるわけではないけれど,ひとりひとり本当に楽しそうにお祭りを眺めている姿を,とてもうらやましく,そして美しく思いました。 町の人が大切に大切に守ってきた祭りに少しだけ関わらせて頂いている事を,とても光栄に思いました。 浜へ着くと,御仮屋が用意されていました。 前日の雨で,少し壊れてしまったんだとか・・・ ちょっとだけ傾いています。 御仮屋の中へ神輿を収め,神主さんにより神事が始まります。 「まなべっち!頼むよ!」 神主さんは近くの白浜から来ているそうですが,たなべっちと呼ばれています。笑 神主さんとこんなに親しいお祭りも珍しい。 知らないうちに,だんじりのみんなは化粧をしたようでみんなの顔が変わっていました。 「神社へ行って喧嘩しても,これで誰だかわからんやろ!」 若衆はさらに勢いを増しています。 神事が終わると,神輿の担ぎ手は,「金幣さん」のおうちの民宿へ。 「金幣さん」は祭りの総責任者で,毎年変わるそうですが文字通り金色の御幣を持っています。 美味しい海の幸を食べさせていただきました。 ここで,神主さんがなんでこんなに親しまれているのかがわかりました。 どうやら神主さん「まなべっち」は,大のお酒好きでいつもお祭りの間に飲みすぎてしまうようです。 「今年はちゃんとお宮まで行ってくれよ!」 なんて,冗談が飛び交っていました。 さて,食事が終わると大当番がまた迎えに来ました。 浜へ戻り,もう一度神事を行ってから神輿は神社へと向かいます。 神輿が動き出すと,みんな悪ノリして「まなべっち」にペットボトルに入った日本酒を飲ませます。 もうフラフラ。 途中でいなくなっちゃうし,休憩中寝そうだし,まっすぐ歩けていません笑 だけど,すさみの人たちは嬉しそう。 「こんな祭り,他にないだろ?俺たちも,神主さんも,一緒だ!」 ここに人がいて,祭りがある。 すさみの神様は,こんな風景を数百年も見守ってきたのでしょう。 僕らはもう一度神社へ向かいました。 フラフラの神主さんに連れられて・・・。...

導かれた場所,すさみ町〜和歌山周参見王子神社〜 土砂降りの宵の宮,闇夜のSOUNDCRASH

お祭り二日目の夜。 雨の降る中,だんじりと屋台は出発しました。 神社へ向かう真っ暗な道。 暗いすさみの街並みの中,ちょうちんの明かり,賑やかなお囃子,伊勢音頭。 酒も周り,祭りに「狂う」瞬間がやってきます。 ・暗闇の中の伊勢音頭 伊勢は津で持つ (ヨイヨイ) 津は伊勢で持つ (アーソーレーサー ソーレーサー) エーヨーエ 尾張名古屋は (ヤウデサーア) 城で持つ (ヨイサ ヤットコセーエ ヨーイヤーナ ソリャアレワイセ ソリャコレワイセ ソリャナーンデーモセ ヨイヨイ!) 雨はさらに強まります。 下地の青い半纏を纏うメンバーは,力を合わせだんじりとお囃子屋台を進めてゆきます。 近所の人たちも顔を出し,賑やかな声を迎えてくれていました。 土砂降りの雨の中を,大声を上げだんじりを曳いているとだんだんと気持ちが高まってきます。 高まってくる,というよりも,融解し,熟れてくる。 僕はこの,お祭りの中の魔力に身を委ね,神社へと向かっていました。 ・神社へ 神社には,周参見王子神社の氏子町会が集まっています。 境内の階段を上がり,お囃子を鳴らします。 神社は煌々と明かりが照らし,雨はさらに勢いを増します。 みんな,びしょ濡れ。 甲高い声を上げながら,太鼓を叩きこみ,笛を鋭く吹き続けます。 複数の町会がかき鳴らすお囃子。 様々な方向からお囃子の音色が聞こえてきます。 高まる音圧,熱気。 最高潮。 何度も何度も音がぶつかり合い,弾け,溶けていきました。 闇夜のサウンドクラッシュ。 すさみの宵宮,ここにも超一級の日本の風景がありました。 ・相撲開始! 最高潮の雰囲気の中,下地の仲間と相撲を取ることになりました。 若者たちが僕を囲み,さながらストリートファイト。 空間は充実と幸福に満たされています。 笑顔のまま,はっけよい。 もみくちゃになりながら,たくさん,笑いました。 いつしか,明るく話しかけてくれるようになった仲間たち。 とても嬉しく,楽しい瞬間でした。 ・帰りのだんじり 「力持ちなんだから,カジとってよ!」 仲良くなったワタルくんが,声かけてくれました。 帰り道,僕は一緒にだんじりのカジきりをします。 「ちょいととーりかーじ や!」 「力入れすぎだー!」 なんて言いながら,一緒にカジを切らせてもらいました。 なんだか仲間に入れてもらえたようで,とても嬉しかった。 こうして,だんじりは会館へ戻っていきました。 会館で,相撲の行司,稲葉さんと!笑 帰ってきてからもう一度,宴会! 一緒にだんじりを曳いた仲間と,昨日より深く,楽しくお酒を飲むことが出来ました。 本当に楽しかった!いよいよ,明日は本宮です・・・    

導かれた場所,すさみ町〜和歌山周参見王子神社〜 土砂降りの宵の宮,出発

ご縁が渦巻くすさみ町。 到着した日の大ならしの夜から,すさみ町の力に酔いしれていました。 つっちゃんとだんじりの話をした後は,宴も深まりやすっちさんとやすっちさんの師匠との太鼓のセッション。 南米のドラムのリズムを思わせるすさみの太鼓。 やすっちさんのアレンジがどんどんかかり,苛烈なリズムを刻みます。 そんな,すさみ大ならしの夜。 ・2日目,宵の宮 大ならしの夜はとても刺激的な夜でした。 すさみという異世界へ迷い込んだ心地よい違和感。 初めて会った人たちと,祭りを肴に飲む酒,人生で一番の瞬間だと,毎度思います。 さて。 夜も宴も更け,まだすさみの「若衆」達は一年に一度の最高の宴の中をゆらゆらと泳いでいました。 僕とやすっちさんは,一足先に帰宅。 「明日の朝は竹切りやで」 「俺は散髪」 そんな会話を覚えています。 僕は暖かくキラキラした気持ちを胸に,やすっちさんの家で眠りにつきました。 朝になり,もう一度会館へ行くと,昨日のメンバーがちらほらと。 今日は,だんじりの飾り付けをしなければなりません。 「軽トラ,来た?」 缶コーヒーを片手に,やすっちさんは祭りの朝の嬉しくも緩やかな始まりに笑顔を浮かべていました。 祭の朝の胸の高まりは,何とも言えません。 僕らは到着した軽トラへと乗り込み,だんじりにつける竹を切りに行きました。 昨日の夜つっちゃんと二人話し合っただんじりがどんな風に化粧されるのか,とても楽しみです。 ・祭りヘアーのやすっちさん 「宮田くんも,行こうや。」 僕はやすっちさんと車に乗り,田辺へと行きました。 田辺へと向かう30分強も,言葉にならないワクワクを胸に。 やすっちさんは,宵の宮へ向けモヒカンにするそう。 「見学してて」 言われるがまま,僕はやすっちさん行きつけの美容室で,何故か散髪を見学していました。 しかしここでも,話は祭りです。 美容師さんも,子供の頃見た祭りの風景の話や,神輿の話などしてくれました。 田辺の神輿は,鳳凰じゃなく魚なんだとか。 どこへ行っても通じるお祭りのお話。僕にとっては最高のコミュニュケーションツールです。 ・出発 少し,雲行きが怪しくなって来ました。 大雨が降ったらだんじりはどうしよう。 少し,そんな話もしていました。 だんだんと強くなる雨。 少し不安でしたが,もう一度会館へと向かいます。 いよいよ,お祭り本番。 街中で会う,「若衆」の雰囲気も少しずつ変化してきたように思います。 会館では,早くもメンバーが集まっています。 揚げたての串カツと,ビールは早く来た人たちの特権。 飲んで,騒いで,迎えに来る「大当番」を待ちます。 「大当番」は,今年の神輿運営の役員さん達で、地域の「お偉方」。 僕が祭りに参加するにあたり、知らないうちに身辺調査と書類審査が行われていたとか 笑 ちゃんと通ってよかったです。 2時間ほど経って,段々とみんなのボルテージが上がってきます。 酒も入り,若衆の勢いも上昇。 ついに,大当番が来ました。 若衆は肩を組み,土着のソウルミュージック,伊勢音頭を歌いながら出発の儀を。 外には少し,雨が降っています。 だんじりには朝切った竹に大きな旗が掲げられ,ちょうちんには灯りが灯ります。...

導かれた場所,すさみ町〜和歌山周参見王子神社〜 すさみのだんじり

初めてのすさみのお祭り。 僕は愛知でやすっちさんと合流し,一路すさみへと向かいました。 和歌山までの道は約4時間。 祭の先輩の,背中を追い求めやってきました。 すさみでは獅子風流,「大ならし」が始まっています。 夜は更けていき,宴が始まります。 僕の隣に座って,ずっとニコニコしていたおじいさん。 彼は,地元の大工さん,つっちゃんでした。 ・だんじり すさみのお祭りでは,だんじりを出します。 話を聞くと,100年ほど前,どこかからこの街へ来たんだとか。 明日の朝飾り付けられるだんじりは,宴の外でひっそりと闇に紛れていました。 僕の隣で,日本酒をちびちびと飲んでいたつっちゃん。 つっちゃんは,地元のお寺や神社の修復もする,古く腕のいい大工さん。 「俺がお寺の牡丹の彫り物やらせてもらった時はさあ,そりゃあ,性根入った。 和尚が俺に作らせてくれたんだ,ありがてえなあ。」 なんて,昔気質の職人です。 僕はこのニコニコしたおじいさんが大好きになり,色々話を聞いていました。 「外のだんじり,見たか?曲がってんだよな。」 ・ひん曲がっただんじり 僕は暗かったために気づきませんでしたので,つっちゃんと二人で暗い中外を見に行くことにしました。 そこにはとても立派なだんじりが。 正確には,傘鉾,というらしいですが地元の人はみんなだんじりと呼んでいます。 確かに,前から見るととても傾いているだんじり。 中の敷板以外は,総欅作りで,その土台の骨材となっている2本の欅が,暗い中見ても曲がっています。 欅というのは,大変密度が詰まっているためとても固く丈夫です。 しかし素性が悪いと,とんでもなくひん曲がってしまう特徴もあります。 昔は大黒柱にも良く使われていたようですが,施工後に欅が暴れると,家が歪むほどだったようです。 「岸和田のさ,だんじり屋に頼んだら数千万かかるって言われたんだ。多分,俺らの代では直せねえ。本当は,俺が生きているうちにさ,きれいになっただんじり引かれてるところ見てみたいな。」 つっちゃんが言っていることは痛いほどわかります。 これだけのだんじりを外部の業者が修理するとなると,全部分解,少しでも痛みのある部品は全とっかえ,しかも激しく動かすだんじりです。万が一があっては責任問題です。 おそらく,外部業者は数千万かけてでも,新調を勧めるでしょう。 ・最後の仕事 僕は寂しそうなつっちゃんの顔を見て,いいことを思いつきました。 「つっちゃんが,やればいいんじゃないですか?」 材料である欅は,我らが筑波材木店,筑波のアニキに相談できます。 材料が手に入り,地元の大工さんが施工するとなれば,話は別です。 「でも,これだけの欅だろ,材料だけでも,手が出ないほどじゃないのか?」 「明日,電話してみます。茨城,つくばには欅に狂った熱いアニキがいますから!」 それを聞いた,つっちゃんの輝くような少年の顔。 「もし,本当に手に入るなら,俺は生涯最後の仕事だと思ってやるよ。俺の代で直すことが出来るかもしれないなんて,夢にも思わなかった。本当にありがとう!」 きっとつっちゃんも祭が大好きなのでしょう。 小さい頃から,ずっとずっと気にかけていただんじり。 もしかしたらそれが,もう一度素晴らしく生まれ変わるかもしれない。 人の縁が,また素晴らしい物語を作り上げようとしています。 僕は直ぐに会長さんや,町の役員さんにもお話しました。 僕はつっちゃんが綺麗になっただんじりを見て,喜ぶ姿をどうしても見てみたいと,そう思いました。