明日襷のブログ

導かれた場所,すさみ町〜和歌山周参見王子神社〜 土砂降りの宵の宮,出発

ご縁が渦巻くすさみ町。 到着した日の大ならしの夜から,すさみ町の力に酔いしれていました。 つっちゃんとだんじりの話をした後は,宴も深まりやすっちさんとやすっちさんの師匠との太鼓のセッション。 南米のドラムのリズムを思わせるすさみの太鼓。 やすっちさんのアレンジがどんどんかかり,苛烈なリズムを刻みます。 そんな,すさみ大ならしの夜。 ・2日目,宵の宮 大ならしの夜はとても刺激的な夜でした。 すさみという異世界へ迷い込んだ心地よい違和感。 初めて会った人たちと,祭りを肴に飲む酒,人生で一番の瞬間だと,毎度思います。 さて。 夜も宴も更け,まだすさみの「若衆」達は一年に一度の最高の宴の中をゆらゆらと泳いでいました。 僕とやすっちさんは,一足先に帰宅。 「明日の朝は竹切りやで」 「俺は散髪」 そんな会話を覚えています。 僕は暖かくキラキラした気持ちを胸に,やすっちさんの家で眠りにつきました。 朝になり,もう一度会館へ行くと,昨日のメンバーがちらほらと。 今日は,だんじりの飾り付けをしなければなりません。 「軽トラ,来た?」 缶コーヒーを片手に,やすっちさんは祭りの朝の嬉しくも緩やかな始まりに笑顔を浮かべていました。 祭の朝の胸の高まりは,何とも言えません。 僕らは到着した軽トラへと乗り込み,だんじりにつける竹を切りに行きました。 昨日の夜つっちゃんと二人話し合っただんじりがどんな風に化粧されるのか,とても楽しみです。 ・祭りヘアーのやすっちさん 「宮田くんも,行こうや。」 僕はやすっちさんと車に乗り,田辺へと行きました。 田辺へと向かう30分強も,言葉にならないワクワクを胸に。 やすっちさんは,宵の宮へ向けモヒカンにするそう。 「見学してて」 言われるがまま,僕はやすっちさん行きつけの美容室で,何故か散髪を見学していました。 しかしここでも,話は祭りです。 美容師さんも,子供の頃見た祭りの風景の話や,神輿の話などしてくれました。 田辺の神輿は,鳳凰じゃなく魚なんだとか。 どこへ行っても通じるお祭りのお話。僕にとっては最高のコミュニュケーションツールです。 ・出発 少し,雲行きが怪しくなって来ました。 大雨が降ったらだんじりはどうしよう。 少し,そんな話もしていました。 だんだんと強くなる雨。 少し不安でしたが,もう一度会館へと向かいます。 いよいよ,お祭り本番。 街中で会う,「若衆」の雰囲気も少しずつ変化してきたように思います。 会館では,早くもメンバーが集まっています。 揚げたての串カツと,ビールは早く来た人たちの特権。 飲んで,騒いで,迎えに来る「大当番」を待ちます。 「大当番」は,今年の神輿運営の役員さん達で、地域の「お偉方」。 僕が祭りに参加するにあたり、知らないうちに身辺調査と書類審査が行われていたとか 笑 ちゃんと通ってよかったです。 2時間ほど経って,段々とみんなのボルテージが上がってきます。 酒も入り,若衆の勢いも上昇。 ついに,大当番が来ました。 若衆は肩を組み,土着のソウルミュージック,伊勢音頭を歌いながら出発の儀を。 外には少し,雨が降っています。 だんじりには朝切った竹に大きな旗が掲げられ,ちょうちんには灯りが灯ります。...

導かれた場所,すさみ町〜和歌山周参見王子神社〜 すさみのだんじり

初めてのすさみのお祭り。 僕は愛知でやすっちさんと合流し,一路すさみへと向かいました。 和歌山までの道は約4時間。 祭の先輩の,背中を追い求めやってきました。 すさみでは獅子風流,「大ならし」が始まっています。 夜は更けていき,宴が始まります。 僕の隣に座って,ずっとニコニコしていたおじいさん。 彼は,地元の大工さん,つっちゃんでした。 ・だんじり すさみのお祭りでは,だんじりを出します。 話を聞くと,100年ほど前,どこかからこの街へ来たんだとか。 明日の朝飾り付けられるだんじりは,宴の外でひっそりと闇に紛れていました。 僕の隣で,日本酒をちびちびと飲んでいたつっちゃん。 つっちゃんは,地元のお寺や神社の修復もする,古く腕のいい大工さん。 「俺がお寺の牡丹の彫り物やらせてもらった時はさあ,そりゃあ,性根入った。 和尚が俺に作らせてくれたんだ,ありがてえなあ。」 なんて,昔気質の職人です。 僕はこのニコニコしたおじいさんが大好きになり,色々話を聞いていました。 「外のだんじり,見たか?曲がってんだよな。」 ・ひん曲がっただんじり 僕は暗かったために気づきませんでしたので,つっちゃんと二人で暗い中外を見に行くことにしました。 そこにはとても立派なだんじりが。 正確には,傘鉾,というらしいですが地元の人はみんなだんじりと呼んでいます。 確かに,前から見るととても傾いているだんじり。 中の敷板以外は,総欅作りで,その土台の骨材となっている2本の欅が,暗い中見ても曲がっています。 欅というのは,大変密度が詰まっているためとても固く丈夫です。 しかし素性が悪いと,とんでもなくひん曲がってしまう特徴もあります。 昔は大黒柱にも良く使われていたようですが,施工後に欅が暴れると,家が歪むほどだったようです。 「岸和田のさ,だんじり屋に頼んだら数千万かかるって言われたんだ。多分,俺らの代では直せねえ。本当は,俺が生きているうちにさ,きれいになっただんじり引かれてるところ見てみたいな。」 つっちゃんが言っていることは痛いほどわかります。 これだけのだんじりを外部の業者が修理するとなると,全部分解,少しでも痛みのある部品は全とっかえ,しかも激しく動かすだんじりです。万が一があっては責任問題です。 おそらく,外部業者は数千万かけてでも,新調を勧めるでしょう。 ・最後の仕事 僕は寂しそうなつっちゃんの顔を見て,いいことを思いつきました。 「つっちゃんが,やればいいんじゃないですか?」 材料である欅は,我らが筑波材木店,筑波のアニキに相談できます。 材料が手に入り,地元の大工さんが施工するとなれば,話は別です。 「でも,これだけの欅だろ,材料だけでも,手が出ないほどじゃないのか?」 「明日,電話してみます。茨城,つくばには欅に狂った熱いアニキがいますから!」 それを聞いた,つっちゃんの輝くような少年の顔。 「もし,本当に手に入るなら,俺は生涯最後の仕事だと思ってやるよ。俺の代で直すことが出来るかもしれないなんて,夢にも思わなかった。本当にありがとう!」 きっとつっちゃんも祭が大好きなのでしょう。 小さい頃から,ずっとずっと気にかけていただんじり。 もしかしたらそれが,もう一度素晴らしく生まれ変わるかもしれない。 人の縁が,また素晴らしい物語を作り上げようとしています。 僕は直ぐに会長さんや,町の役員さんにもお話しました。 僕はつっちゃんが綺麗になっただんじりを見て,喜ぶ姿をどうしても見てみたいと,そう思いました。          

導かれた場所,すさみ町〜和歌山周参見王子神社〜 大ならしの夜

あの夏の奇跡の出会いから,二ヶ月。 僕はまたすさみ町へと向かいます。 「祭り」がくれたご縁を辿り,もう一度物語を紡ぎに・・・。 ・やすっちさんとの再会 関東を出発して,まず僕は愛知へと向かいました。 「祭り狂い」のやすっちさんを拾いに。 やすっちさんは普段愛知に住んでいて,休みになると,4時間かけてすさみへ戻り太鼓を叩きます。 まさに「祭り狂い」。 僕は少し早めについて,久々の再会を待っていました。 あれから,会うのは2回目。 前回はさんざんお酒を飲んで大騒ぎしていましたが,なんだか今日は少し緊張しています。 僕は何となくそわそわしながら,待っていました。 すると,電話が鳴ります。 「ついたよー,どこー?」 しばらく待っていると,大柄で笑顔いっぱいの人が向こうからゆっくり歩いてきます。 手を振ってみると,やはりやすっちさん。 優しそうで,とても熱い「アニキ」です。 二人で車に乗り込み,そこからはずっと祭りについて。 すさみへの道のりは約4時間です。 今日の「大ならし」に間に合うかどうか。 「大ならし」では,すさみに伝わる獅子を祭りのメンバーが披露します。 わりとスムーズに道を走らせながら,熱く熱く祭りについて話しました。 祭りの根底にあるもの,意味,継続の難しさ,伝統と更新,地域構造について,など。 お祭りの未来について,一生懸命話しました。 すさみ町が近づいて来ると,やすっちさんは太鼓のリズムを刻み始めます。 1年に1度の最高に大好きな日。 たくさんの仲間たちと一緒に祭りをやれる日。 やすっちさんの心の高鳴りは,僕にもまっつぐに伝わってきました。 ・大ならし すさみ町へ向かう道は,とにかく真っ暗。 車を置いて,やすっちさんのそわそわした姿を追いかけます。 向こうの方に,人が寄っている気配。 大ならしが行われています。 真っ暗な夜道から,いきなり広がるお祭りの雰囲気。 舞う獅子の周りを囲むたくさんの人たち。 真剣に,楽しそうに,多くの人たちがとても明るい空間を作っていました。 きっと,何代も続いてきたこの風景。 お年寄りも,子供も,世代の流れの中の当たり前の時間がとても心地よくて,そこにいることが出来るだけで本当に嬉しく思いました。 僕は,お囃子の奏でる特徴的なリズム,切れるような高音の笛,激しくコミカルな獅子。 そして人が織りなすあまりに心地よい雰囲気に酔いしれていました。 すさみへ来る前,パリにいらっしゃる長野藪原神社の神主さんよりご連絡を頂き, *周参見王子神社の獅子、実家藪原神社の獅子に良く似てる *藪原神社は680年に和歌山から当時の皇族の美濃王が熊野の神々を勧請して創建され、例祭のルーツもそこにあるかもしれない 藪原神社の獅子は,こんな獅子です。 ということで祭りのルーツを考えながら,バンコク,フランスと世界中からのご縁が渦巻くすさみの魔界へ,そっと入って行きました。 ・宴会 大ならしが終わると会場には机が並べられ,宴が始まります。 僕はやすっちさんの隣へと座り,新しい里の新しい出会いに心ときめかせていました。 やすっちさんのお父さんや,お盆の時にお会いした稲葉さん,祭りの副会長さんに,地元の大工さん。 ひとりひとりの祭りの「レジェンド」達がたくさんお話を聞かせてくれました。 お祭りの先輩達の祭りの血液が,このすさみでも脈打っています。 僕の祖父が熱く燃やした祭りの思いと同じ温度の情熱が遠くここ和歌山にもありました。 すさみで過ごす3日間。 祭りが,始まりました。

導かれた場所,すさみ町〜和歌山周参見王子神社〜 はじまりの出会い

2015/10/13 神輿、祭

最初の出会いは,バンコクでした。 2015年3月,僕がバンコクで御輿をあげた日。 その時は,こんな物語になるなんて,思ってもみなかった。 縁は奇なるもの。 すさみのお祭りがくれたご縁と物語を,少しづつ,辿ってみようと思います。 ・バンコク,サイアムパークで 今年の三月,ドラマ「きもの秘伝」をきっかけにタイ,バンコクにて日本文化を紹介するイベントを行う事になりました。 そこで茶,書道,盆踊り,着物,御輿といった専門家のチームとともに,タイを訪れました。 その御輿を一緒に担いでくれた,通りがかりの元気な男性。 とても盛り上げて頂いたのでご挨拶をすると,和歌山で校長先生をされていた方だとか。 それが僕と和歌山の最初のご縁でした。 いつか和歌山に来る事があれば連絡してよ!と気持ちよく言って頂いた事を覚えていました。 ・岐阜,奈良そして和歌山へ 今年のお盆。 僕は岐阜の火祭りへ,バンコクのイベントを共に作り上げた仲間と参加してきました。 火の粉をさんざんかぶり,火傷だらけになりながら御輿を担ぎました。 祭りの後,向かったのは奈良。 修験道の修行を終えた友人の元へ,2017年に行われるという御霊神社1300年祭の神輿渡御のための偵察へ。 奈良でも新たな歴史の一ページが刻まれようとしています。 奈良についてはまた後日,説明することとします。 到着してから奈良の町や歴史を見,神主さんと話したり神社を訪れていました。 すると,友人から和歌山へ行ってみないかとの提案がありました。 和歌山に,「祭り狂い」な人がいると言います。 どうやらSNS上での友人のようで,一度もあった事はなく,7年半の時を超え初めて会う事になる人。 お盆で里へと帰ってきているし,せっかく僕も一緒という事で,少し足を伸ばしてみようか,と。 和歌山県牟婁郡すさみ町。 それまで聞いた事も無かった場所。 そこへ行ってみる事にしました。 しかし,待てよ・・・? 和歌山には,バンコクで出会った元気な先生が居たような。 調べてみると,和歌山の二人はfacebookで繋がっていました。 連絡してみると,小学校の頃の隣のクラスの先生だったとか。 先生のあだ名は「ゴリラ」。 当時は竹刀を振り回し,大変厳しい先生として恐れられていたようです。 和歌山というキーワードでここまで繋がる事も驚きですが,さらに二人は同じ町内で,ご近所だとか。 また祭りが引き起こす奇跡に驚愕し,胸躍らせながら僕らは和歌山,すさみへと向かいました。 ・すさみ町へ 奈良,五條から高野山へ登り,龍神スカイラインを下って紀伊半島を縦断。 約4時間の道のりを,男二人で。 龍神村を流れる日高川を横目に,美しい村の風景と風を感じながら走ります。 澄み切った川の水と,息吹く人の営み。 ご縁が巡る奇跡を辿る旅と物語の始まりの糸を手繰り寄せていました。 今日の夜は,4人ですさみで酒を飲もう,と。 先生達も,ちゃんと再会するのは約20年ぶり,酒を飲むのは初めてだとか。 SNSと祭りがあって生まれたご縁の渦。 本当に楽しみです。 僕たちはすさみ町へと到着しました。 初めて来る町,初めて感じる風。 物語の始まりです。 僕らは初めて出会いました。 その,奇跡の夜まで時間があったので紀伊半島を少し案内してもらいました。 本州最南端,潮岬,紀伊大島,枯木灘。 ・すさみの夜 そして夜,先生と合流して僕らは酒を飲みました。 バンコク,奈良,和歌山。...

2年越しの晴天〜小田原成田三嶋神社〜

・成田三島神社 10月4日,日曜日。 今年も小田原,成田(なるだ、と読みます)三嶋神社の祭礼が行われました。 こちらの三嶋神社のご縁は,毎年お世話になっている小田原駅付近で行われる北條五代祭り,大稲荷神社のお祭りにて「四区」のお神輿を一緒に担がせていただいている方に誘っていただいたのをきっかけに参加させていただいています。 ・朝四時,起床 小田原まで,2時間強。7時半の集合に間に合うには,4時台に出発しなければなりません。 2年前,初めて担がせて頂いた時もそうでしたが,まだ辺りは真っ暗。 日の出前の出発です。 昨年は残念ながら大雨により祭礼は中止でした。 楽しみにしていましたが,2年越しの神輿渡御。 本日は,晴天です。 ・懐かしの風景 2年前,1日だけお世話になった成田の町。 高速のインターを降りると,もうすぐそこです。 神社の側には,三嶋神社祭礼と書かれた白い旗がいくつか立っています。 僕はまず,電車で来る友人を近くの螢田駅に迎えに行くため,車を走らせました。 周辺には,幾つかの神社のお祭りの旗が立っています。 この周辺は,みなお祭りの日のようです。 まだ早朝の道,酒匂川を横目に,僕は記憶を辿りました。 神社にはたくさんの人が集まっています。 何となく,見たことある人たち。 2年前の記憶を少しづつ取り戻していきました。 ・肩の記憶 三嶋神社のお神輿は,一言でいうと,「重い!」 小田原特有の担ぎ方で担ぐ「小田原流」。 神輿を揺らしたりせず,おいさー!こりゃさー!の掛け声で緩やかに進むお神輿。 「動」のどっこいや,江戸前と違い,「静」の美しさがあります。 しかしそれだけではありません。 小田原流最大の特徴は,神輿が「飛ぶ」のです。 小田原木遣りという浜唄を唄った後、神輿は一目散に走り、ピタと止まります。 静かに動く神輿が急に走り出すコントラストは,江戸前やどっこいには無い味と言えます。 しかし,担ぎ棒はすさまじく肩にのしかかってきます。 その肩への重圧は,また特有です。 担いでいるうちに,掛け声や,表情,姿などが蘇りいつかの風景をすっかり取り戻していました。 三嶋神社のお祭りは、長い! 昼の休憩を挟んで,午後もさらに町内を回ります。 休憩がたくさんあるので,重い神輿も何とか一生懸命担いで行けます。 家の庭や,公園などに寄るたびに飲み物やおつまみを出していただきます。 とてもあたたかい町内。 昼休みも,たくさんおむすびを食べてしまいました。 ・小田原四区から合流 お世話になっている小田原四区から,地区の運動会を終え3人の仲間が合流しました! 先日の地元の神社の時も担ぎに来ていただき,四区の皆さんは盟友です。 毎年のGWでは,本当に楽しいお祭りを一緒に出来る仲間です。 もう何年もお世話になっていますが,年々本当に仲良くしてくれてとても嬉しく思います。 最高の仲間たち。 午後は一緒に神輿を担ぎます。 担ぎ手の人たちも,入れ替わります。午前中だけの人もいれば,午後からの人も・・・。 たくさんのご縁でお神輿が上がっていきます。 ・御浜めぐりの神事 夕方になると,女神輿も動き出します。 小さめの神輿ですが,女性のみで担ぐ神輿。 普段なかなか肩が届かない女の子も,がっつり担げます。 もちろん,木遣りもやるし,飛びます! 成田三嶋神社でとても興味深いのは,「御浜めぐり」という神事を行うことです。...

友へ捧ぐ〜女木島ウエディングみこし〜

9月22日,大安 祝日。 新郎晃一郎と,新婦拓未ちゃんの結婚式が行われました。 “侍ブラザー”晃一郎の最高の舞台に,僕の出来る最高のお祝いを。 となると,みこししかありません。 二人を祝うおみこしが上がった女木島の様子を思い出し書いてみようと思います。 ・晃一郎との出会い 晃一郎と初めて会ったのは,2010年の事でした。 大学の先輩が,どうしても会わせたい人がいる!と,つくばの僕の家に来てくれました。 晃一郎と,勇登。 初めて出会った夜。最高に熱い,熱い話をしました。 懐かしくも忘れられない最高の日。 それが,最初の出会いでした。 左が新郎,晃一郎。右が親友,勇登。 晃一郎も勇登もちっとも笑っていませんね 笑 それから,何度もつくばへ来てくれて山で遊んでいました。 ・晃一郎,香川へ 晃一郎は大学を卒業すると,小豆島へ行ってしまいました。 大きな夢の為に,四国へ。 遠くへ行ってしまったけれど,僕らの心は,魂は共鳴していました。 でも,交流はお互いの誕生日に電話するくらい。 遠く離れてしまってから,なかなか会う事も無くなってしまいました。。。 たまにお互いの近況を知らせ合い,お互いがお互いを信じ,いつか会えることをいつも楽しみにしていました。 晃一郎は何度か関東を訪れて,本当に一瞬だけど会うことが出来,とても嬉しい時間を過ごせたことを覚えています。 ・岡山,備前国総社宮竣工祭で 今年2015年の4月,岡山県備前国総社宮で竣工祭がありました。 岡山は,香川のとなりです。 お祭りの前,竣工祭の打ち合わせの後に晃一郎に会いに行きました。 初めての瀬戸内海,高松へ向かう電車の中,僕はとても楽しみです。 晃一郎はその時に初めて,拓未ちゃんを紹介してくれました。 初めての高松。 僕は嬉しくて,さんざん飲み過ぎてしまったのを覚えています。 帰りの夜行バスの中とても気持ち悪かった・・・。 その後,総社宮竣工祭に晃一郎は来てくれました。 高松から一人,時間のない中を縫って僕らの上げる神輿を担ぎに。 お互いがお互いの人生を生き,かすかでしたが晃一郎は一生懸命神輿を担いでくれました。 晃一郎と拓未ちゃんは,この秋,結婚します。 ・宮城から一路,高松へ 20日の宮城,石巻でのお祭りの後,21日の昼,僕は一路香川へと向かいました。 ナビによると,約15時間。 フランスより遠い・・・笑 しかも石巻でゆっくりし過ぎたせいで一切の休憩タイムは無し。 乗るか反るか,フェリーの時間は10時です。 深夜,遠すぎる香川。 僕の目は爛々と光っていました。 晃一郎と,拓未ちゃんの大きな舞台の為に。 僕は車を走らせました。 静岡を抜け,愛知を走り,岐阜,京都,大阪,神戸。そこから淡路島を渡り,四国へ。 到着予定時刻は,ギリギリです。 明石海峡大橋から瀬戸内海を横目に,車を飛ばします。 早朝の淡路島は,透き通るようにきれいでした。 まっつぐに,四国へと向かいます。 ・鬼ヶ島,女木島へ フェリー出発5秒前。 奇跡的に間に合いました。 神輿の馬と,麻縄,衣装,拍子木を担いで・・・...

葉山神社竣工祭レポート

  多くの人たちの思いを乗せ,奉納プロジェクションマッピング「希望の船」は,葉山神社竣工祭にて無事出航することが出来ました。 感謝の気持ちとともに,遷座祭〜プロジェクションマッピングの奉納までをレポートいたします。 ・遷座祭とは 今回,震災で被害を受け,全壊してしまった葉山神社本殿が再建されました。 神社は,本殿と拝殿に分かれており,我々が普通お参りするのは拝殿の方です。 本殿には,神社のご神体が収められていますが,本殿が壊れてしまったり,立て直す際には別の場所に仮に移動します。 そして,遂に社殿が完成すると,神社の宮司がご神体を持ち,行列を組んで本殿の御扉の中へと納められるのです。 その日を,遷座祭といいます。 神社の遷座祭は,神社の破損,再建などがされなければ行われない非常に珍しい祭事です。 ご神体は宮司以外人の目に触れる事は許されません。 神職が白い幕で宮司とご神体を囲み,ゆっくりと歩いていきます。 各浜の氏子総代長,役員が一人一人提灯を持ち,静寂と暗闇の中厳粛に行われます。 ・遷座祭の様子 夕方,暗くなる頃僕らは神社に到着しました。 葉山神社の社殿は,今まで掛かっていた足場が外れ,その全貌を見る事が出来るようになっています。 完成し,扉が開けられた社殿。 新しい木の匂いが漂い,雄勝の人たちが集まって来ています。 遷座祭には,15ある雄勝の浜にある神社氏子総代長や,葉山神社の奉賛会会長など,雄勝町の浜を代表する住民の方々が提灯を持ち,ご神体の先を歩きます。 やがて社務所の中に人が集まり,神事が執り行われていました。 応援の神職も他の神社から出張し,厳粛な雰囲気が漂います。 一人一人,名前が呼ばれます。 咳払い,鼻をすすることさえも許されません。 雅楽の演奏が始まりました。 行列が,出来てゆきます。 総代たちが全員外に出た後,社務所の電気が消されました。 雅楽の音と暗闇の中,ご神体が運ばれます。 空気は,限りなく澄み,高く張り詰めています。 白装束に,マスクのような白覆面をし,四人で白い幕を持ちながら宮司とご神体を囲みます。 ゆっくりと,本当にゆっくりと行列は進んでいきました。 一人一人が拝殿に上がり,ご神体の到着を待ちます。 静まり返った境内。空には,満点の星空です。 提灯の淡い光だけが光り,参列者は息を呑みます。 そして,拝殿の階段を登り,ご神体は御扉の中へと収められました。 ・神楽,荒神舞の奉納 ご神体が収まった後,拝殿では雄勝法印神楽の一番,荒神舞が奉納されました。 二人の太鼓と,一人の笛。 荒神舞は,たった一人,舞手が激しく踊ります。 この舞は神社完成の祭に舞われるものだそうです。 古い記録に,残っていたのでしょう。 厳粛な雰囲気から,一気に激しい空気へ。 遷座祭は,滞りなく完了し,本殿へご神体が収められました。 明日は,竣工奉祝祭です。 ・葉山神社竣工祭本祭 9月20日,竣工祭の初日を迎えました。 9月20日,本祭1日目の様子をお伝えします。 ・葉山神社の歴史 竣工祭初日は,晴れ。 暑いくらいの日でした。 目が痛いくらいの青空の下,真っ白な新築の神社は美しく輝いていました。 青い空。青い海。 新築の葉山神社社殿には,たくさんの人が代わる代わるお参りをされていました。 社殿の横には,神楽舞台が建てられています。 雄勝の神楽舞台は,全て組み立て式で 、くさびによって固定され,祭りの日以外はしまって置けるようになっています。...

石巻雄勝町 葉山神社竣工奉祝祭/2015年9月20,26,27日

2015/09/14 神輿、祭

[日時]     9月20日,26日,27日 竣工奉祝祭 [場所] 石巻市雄勝町大浜6-2 葉山神社境内 [主催] 葉山神社   9月20日から27日までの午前10時~午後4時まで御参拝者は社殿において神職によるお祓いをうけ随時正式参拝ができます。   ■葉山神社 石巻市雄勝町,大浜に鎮座する神社。後ろには霊峰,石峰山がそびえ,本宮を石神社と言います。 石神社は,延喜式神名帳記載の式内社で,1800年以上の歴史があると言われています。 1800年以上の悠久の時,雄勝の人の暮らしを見守って下さっていました。 御祭神は,一寸法師のモデルとも言われているスクナヒコナノカミ。 御神体は鎌倉時代に作られた薬師如来であり,修験道の霊山であった石峰山の文化が残っています。 葉山神社の社殿は2011年3月11日の東日本大震災により全壊してしまいました。   本竣工奉祝祭は,震災後4年半の歳月が過ぎ,やっと再建に至った社殿建造の悦びを祝福するものです。 奉祝祭前日に行われる遷座祭は,神職,雄勝氏子のみで行われます。 御神体が収められる本殿へ,御神体が遷座されます。 約40名で行われる行列。咳払いや,鼻をすすることも許されません。 遷座の際には,雄勝の重要無形民俗文化財にも指定されている雄勝法印神楽の1演目,「荒神舞」が奉納されます。   ■雄勝法印神楽二十四番奉納    雄勝法印神楽は,重要無形民俗文化財にも指定されており,雄勝町には各浜の有志からなる保存会が結成され,代々引き継がれてきました。 雄勝の法印神楽は,修験者山伏から伝えられたと言われており,主に日本神話を演目の題材にしております。 雄勝の各浜のお祭りでは必ず奉祝行事として神楽が舞われます。 地元の人に愛される雄勝法印神楽,神楽の秘伝が書かれている「カンナギ」に記されている演目の中で,現在舞うことが可能な二十四の演目を今回の竣工祭で奉納されます。 雄勝法印神楽の調子は,太鼓二人,笛一人で構成されており,勇壮な演奏の中で舞われる神楽は,艶やかなものからダイナミックなものまで,様々です。 竣工祭の日まで,神楽保存会のメンバーは毎日稽古を行っており,竣工祭に向け改めてその技を磨いています。 今回の竣工祭をきっかけにして復活した演目もあります。その一つ,「叢雲」では ,龍の人形を使用しますが,震災の被害にあってしまいました。今回,龍の人形も復活し「叢雲」が舞われることとなります。 ※「叢雲」の奉納は27日です。     ■「希望の船」プロジェクションマッピング奉納 9月20日18時45分より,新築の葉山神社拝殿にプロジェクションマッピングが奉納されます。 本プロジェクションマッピングは,震災後雄勝へ訪れたボランティアの有志により製作,奉納されるものです。 震災後ひとりひとりが様々な関わりをした雄勝町。 雄勝町のとても大切な神社竣工にあたり,「恩返し」と「お祝い」の意味を込め奉納されます。 プロジェクションマッピングは,筑波学院大学,筑波大学の教員と学生による合同チームにより製作され,雄勝小学校小学生により製作された「希望の船」の版画をテーマにしています。 「希望の船」は,左側から震災の日,現在の雄勝,光り輝く未来を表現しています。 中央に描かれた船は,伊達政宗の時代に作られたと言われている「サン・ファン・バウティスタ号」をモデルにしており,未来へ向け子供達が乗っています。 本プロジェクションマッピングでは,奉納する有志たちが「希望の船」クルーとなり船に乗り込み,共に輝く未来へ向かっていく物語となっています。 版画「希望の船」 マッピングが映し出される葉山神社拝殿(建設中) 試写,映し出される「希望の船」   「希望の船」クルー,マッピング奉納賛同者は,クラウドファンディングサイトにて9/25まで募集されています。 @石巻雄勝町 1000年に1度の祭で「恩返し」プロジェクションマッピングを奉納したい! https://motion-gallery.net/projects/ogatsu-hayama ■参考HP 葉山神社・石神社 http://isono-hayama.blogspot.jp/ 雄勝法印神楽 http://www.geocities.jp/hoinkagura/...

神輿,バンコクへ2

深夜3時。 ホテルの電話が鳴る。 僕は2日間のバンコクでの渡御を終え,疲れて眠っていた。 急な電話、ほとんど反射的に受話器を取った。 「はい、もしもし」 「スコールで会場が壊れた、屋根が、落ちた」 朝,今日も蒸し暑い。スコールの後のバンコクは温度と湿気で汗が噴き出してくる。 昨日の電話を気にしながらも,少し早めの朝食を食べた。 バンコクに並ぶたくさんの屋台。 道行く観光客も,バイクタクシーの運転手も,おそらく地元のタイの人も,バーベキューに使いそうなカラフルなプラスチックの机と椅子に座り,料理を食べている。 大通りに面した歩道。車が行き交う中,皆,日常の時間が流れている。 毎日,同じおばちゃんが同じようにご飯を作る。 みな茫洋と景色をのぞみ,淡々と朝食を摂っていた。 日本から一緒に来た日本文化のチームは,相変わらず陽気だ。 会場はほとんど復旧されていた。 おそらく屋根が落ちたのだろう会場のブースに少し痛みが見えたが(会場においてあったハローキティの人形に落ちたのだろうか,張り合わせたような跡がある) 特に大きな損傷はない。 タイの職人が素晴らしいチームワークを見せ,素早く復旧した。 控え室はかなり濡れていたし,備品も浸水していたが予定通りイベントは続行。 昨日買って置いておいたビールとつまみが無くなってしまったのは寂しかったが,仕方がない。 バンコクは,暑い。 昨晩の雨でいくらか濡れてしまった神輿の綱をチェックし,緩んでいたら締め直す。 今日がバンコク最後の1日だ。 夕方,神輿は上がる。 3日間の祭りの中で,1日目と2日目も神輿は上がった。 少しづつ,気持ちがまとまってきた。 最終日の今日,どうなるか。 拍子木を持ち,神輿を先導する僕はコンダクターだ。 担ぐ人たちの気持ちをコントロールし,神輿に思いを滾らせ,可視化する。 神輿というあまりに大きな宿題に対する答えを,探さなければ。

神輿,バンコクへ

神輿が,バンコクにある。 お神輿とは,何だろう。きっとそれには答えられない。 答えのない存在だ。それは日本のカミサマへの考え方。 形でも,伝統でも,意味でも無いと思う。 意味のない神輿、って何だろう。 意味のある神輿,って何だろう。 僕は深く考える。 お神輿の正体を。 杭一本でいい。それが答えであるならば,神輿の正体はそこにあるはずだ。 バンコクに神輿がある。そこにいる人たちが,真剣な顔で,汗を流す。 眼差しが変化する。目が,熱くなる。 そのあと,最高の笑顔,拍手。 そこに答えがあるのでは無いか。神輿の正体を知りたい。 僕はまた明日,もう一度神輿を上げる。たくさんの人の,心を揺らすために。