明日襷のブログ

小田原のご縁 2

小田原四区町会神輿の下田さんは、書道の先生です。僕らは下田さんの教室に上がらせて頂き、ビールを飲んでいました。下田さんが神輿を担ぐ人にくれるプレゼント。譽 ほまれ、と書いてあります。冠は輿を表しており、みんなで一つのものを持ち上げる、という形をした字だそうです。まさに神輿にぴったり!前回来たときは祷 いのり という字でした。僕はそれをいまでも大切にしていて、彫刻し、塗料を塗ってお祭りの時つけさせて頂いています。下田さんにそれを見せると、とても喜んでくれました。 かっこいいなあ、こうやって使ってくれるなんて本当に嬉しいよ!下田さんが喜んでくれて、僕も大事にしてきた甲斐がありました。ひとつのものを大事にすることはとても素敵なことですよね。少し時間があったので、小田原をお散歩しようとして、神輿の前を通りかかると、会長の小野さんにつかまって、 着替えて、景気付けすっぞー!ということでさっさと着替えて小野さんとビールを飲むことになりました 笑さっきの子供がボールを抱えて つまんないなー と甘えてきます。一緒に来た若い二人に遊ばせ、半纏を来て地元の子供と遊ぶ姿はもう祭りの一員です。そんな風景が好き。お昼が近づき、そろそろ神輿も上がります。3年ぶりの小田原神輿。とてもワクワクしてしまう祭りの前。今日は最高にいい天気です。

僕のありがとうをもう一度雄勝へ 3

白銀神社の本殿は驚くほど立派だ。田舎の小さな神社とは思えず、とてもきれいに整備されている。ここの人達が本当に大事にしているのがすぐにわかった。僕はこういう場所がとても好きだ。神輿の小屋は本殿のすぐ隣にある。閂がかけられ、役員のおじいちゃんが開けてくれた。神輿庫を開けるのも久しぶりのようだ。地元の人はどこか嬉しそうでもある。比較的新しい木の建造物だがしっかりと作られた観音開きの扉を開くと、布にかぶせられた神輿がそこにあった。 大きいな・・・。最初の感想はそれだった。神輿は想像していたものよりかなり大きい。布がかぶせられた状態でも伝わってきた。あの険しい山道を歩いていくのだから、かなり小さめのものであることを無意識に想像していた。布がはずされ、全貌が明らかになる。静かに佇む神輿。秘境雄勝のまぎれもなく最突端である白銀岬にきらびやかな神輿がある事実に僕は単純に感動し、圧倒されていた。そこには脈々と受け継がれてきた人間の気持ちが積み重なった深く豊かな歴史があった。パワースポットという言葉では捉えきれない、この場所の力。爽やかで力強いエネルギーの塊が神輿から風となって吹き抜ける。僕にとっての大きな1ページへの扉でもあった。一見してあまり古いものではなさそうだ。というより、文久三年に納められたとの記録があるらしく(1863年江戸時代、薩英戦争が会った年だ)神輿自体は古いのだが一度補修に出したのが最近のようであり、本体は古いのだが表装はそんなに古くない。屋根にベニヤが張られていたり中の柱がボルトでとめられていたりしている。そしてこの神輿には芯柱がない。ボルトで止められているから成立する構造なのか、御堂の中は驚くほど空っぽだ。破損箇所は主に欄干。神輿を激しく揺さぶるため、どうしても鳥居や欄干に肩が当たってしまうようで、折れてしまうらしい。何カ所か折れている部分や漆のはがれが見られた。欄干だけでも数百の部品で成り立っている。補修は大仕事だ。 うーん、結構壊れていますね。補修となると全部分解して多分塗り直すことになると思うので簡単ではないと思いますが相談してみます・・・。その程度の返事しか出来なかったが町の人はニコニコして祭りの自慢をしている。  この道をさ、大きな声出してみんなで担ぐんだ。それで色んな家を回って神輿が暴れるんだ。チョーサイ、ヨーサイってね。僕らは公民館でお茶を頂いたりして、町の様子やお祭りの映像などを見せてもらった。浜の人達のお祭り談義が始まる。映像見て、この子はどこの子だとか、今はこんなに大きくなったとか。あら、私が映ってるわ、楽しそうねえ、ここで転ぶんだよなー。そんな言葉が飛び交っている。映像から浜の人達に視線を移すと、みんなとても素敵な顔で祭りの様子を見ていた。 本当にみんな楽しみにしていた大好きなお祭りだったんだなあ。僕はこうやってどんどん心を動かされていった。

小田原のご縁 小田原大稲荷神社祭礼

ゴールデンウイーク後半。最高の天気でした。朝7:00。面白い縁で、前の日であったばかりの18歳の少年二人を連れ、つくばを出発しました。若い二人に理由なんていらないみたい。  面白そうですね!それで決まってしまいます。窓を空けると吹き抜ける風があまりに気持ちよく、これから小田原へ行って何年ぶりかに会う仲間達とともに神輿を担ぐ興奮があまりに爽やかで嬉しくって!僕が小田原のお神輿を一番最初に担いだのは2010年。隣に住んでいた大学時代の仲良しの同級生が呼んでくれました。彼が神輿をやっているなんて最初は全然知らなくって、信じられなかったけど、ただ単純に一緒に神輿が担ぎたくってあのとき僕も小田原へ行ったのでした。あのときも確かとてもいい天気で、優しく地元の人が受け入れてくれて。小田原がすぐ好きになったのを覚えています。まだ同年代の祭り野郎たち。あれからどうなったかなあ。故郷へ帰るようなそんな気持ちが僕に生まれてきます。この日は早く出たのが幸いで、お昼前には到着しました。まだお神輿の準備をしているところでした。日陰で休んでいるおじいちゃん達。その周りでせかせか動きながら楽しそうにおしゃべりしているおばちゃん達。ボールを投げ合って遊ぶ小さな子供、そして車あぶねーよー!と叱る日焼けしたおじちゃん・・・お祭りの雰囲気です。たくさんの世代が当たり前に一体となって神輿を囲む風景。今回も最高のお祭りになるな、という予感。 おはようございます!以前お世話になった藤原(あのときはまだ藤原でした 笑)です! 今年もよろしくお願いします! おー!藤原君!久しぶり!元気だったー?今年もよろしくね!会長さんも、一緒に担いだおっちゃん達も、同世代の子達もみんな僕のことを覚えててくれました。嬉しかったなー!とっても温かい場所。これがお祭りなんです。同級生の可児君(キャ二イ)とも合流して、とりあえずビール。18歳の少年達、久保君(くぼちゃん)と大橋君(てっぺー)もちょっと緊張していましたが、お祭りの一員となっていきます。

僕のありがとうをもう一度雄勝へ 2

あれは12月のこと。僕は仲間を連れて桑浜を訪れた。初めて会う会長。総代。軽トラに乗っている、普通のおじいちゃん達だ。 どうも、よろしくね。僕らは神社の前まで車に乗って行き、そこから軽トラに乗り換えた。 こっからはこれじゃないとダメなんだな。神社までの参道。軽トラでギリギリいっぱいだ。みんな3台の軽トラに分かれて道に揺られる。みんな必死にしがみついていたが僕と松浦さん(東京で野菜を売っている。ぽっちゃり系男子だ)は慣れたものでくつろいでいた。こっから歩きで、と言われみな歩き始めるが参道というより山道で鳥居をくぐっても長く道は続いている。坂もかなり急だ。ここを神輿を担いで降りてくるんだよ、と案内してくれる会長さんは言う。こんなに険しい道を歩く神輿は見たことがない。田舎にありがちだが、いつも驚くようなことを平然とやってしまう。なぜかって、昔からそうだったから。それだけ。シンプル。道を上っていくとここがいかに高く切り立った崖なのかがわかる。リアス式海岸特有の風景だ。隕石がそのまま突き刺さったような岩の群れに荒々しくも澄み切った波が打ち寄せている。そこに現れたのは目が覚めるような朱塗りの社。ここは白金崎の突端だ。地図にも載っていないこの神社のことを浜の人達は大切に大切に思い、感謝の気持ちを当たり前に持っている。みな神社に入る前に熱心にお参りし、訪問を知らせる鐘を鳴らす。なんて美しい風景だろう。それは当たり前の挨拶なんだ。白銀神社に、いつも見守ってくださってありがとうございます。その気持ちは爽やかで、嘘がない。僕はこの場所が大好きになった。僕らもまずお祈りする。 初めまして、お邪魔しますね。白銀神社は受け入れてくれた気がした。神様はとても優しいのだ。神社には先に来ていた氏子の人達が待っていてくれて、みな笑顔だった。 神輿の小屋は神殿の隣にあった。お参りをすませ、僕らは神輿小屋の扉を開いた。

僕のありがとうをもう一度雄勝へ 1

今回の物語も、一本の電話からだった。その日は雄勝の美しい砂浜、荒浜に新たなシンボルが出来た日だ。雄勝希望のキャンパス。荒浜に出来た大きな白い壁。そこには住民の思いや多くのメッセージ。「バカボンド」井上雄彦の絵。そして春、満開の桜を咲かす大木。そんな1ページが開かれた日だ。この大木を描いた青年は、今回の舞台雄勝桑浜の会長の甥だった。そこに会長の永沼信良 ながぬまのぶよし さんもいた。会長は僕が以前作った神輿のことを知っていて、そこにいた雄勝を支援しているトモノテの中川千鶴さんに尋ねた。   桑浜の祭りでも神輿上げたいんだけど、一度修復しないといけないんだよなあ。   桑浜の神輿は津波にあった訳ではない。記録では150年ほどの歴史がある神輿で、震災後初めて上がる神輿にもう一度立ち上がるという思いを込めてしっかりと修復をしたいとの思いがあった。千鶴さんはその場で僕に電話をかけた。そのとき僕は何していたっけ。確か東北帰りのパーキングだった。 雄勝の桑浜ってとこがあるんだけどさ、神輿直して欲しいんだって!これが物語の始まりだ。大きな物語の最初の一瞬はいつも驚くほど突然で、ドラマティックなんだ。その後会長に電話が渡された。  神輿きれいに直して、今度またお祭りやりたいんだ。「またお祭りやりたいんだ」雄勝でこの言葉を聞いたのは2度目だった。初めはそう、僕がじいさんと作ったたなこや商店街のお祭りの一番最初だ。僕はお祭りが好きだ。どんなに楽しくて、どんなにみんなが楽しみにしているか。僕が一番良く知っている。だから。  わかりました、行きます。今回も躊躇はなかった。ただ信じていた。お祭りの力を。