明日襷のブログ

スロベニア神輿渡御成功のご報告

2018年6月23日に行われた,在スロベニア日本大使館主催の’DAN JAPONSKE’にて,神輿渡御を無事成功できましたことをご報告いたします。 本神輿は,横浜市栄区小菅ヶ谷にある春日神社からヨーロッパへ渡ったもので,現在南フランスのモンレジョにて保管されております。 本年は,5月20日にドイツベルリンの’Karneval der kulturen’にて渡御を終えたあとスロベニアへ移動しました。 ベルリンでは岡山県岡山市備前国総社宮 武部一宏氏,スロベニアでは兵庫県神戸市小野八幡神社 新渡戸涼恵氏の二人の神職に神事を担当していただきました。 当日は,晴天に恵まれスロベニア民俗博物館から中心街の三本橋までの道を渡御する事が出来ました。 また,渡御の翌日は,在スロベニア日本大使である福田大使公邸にお招きいただき御神輿渡御成功のご報告をいたしました。 今後ともスロベニアと日本のつながりを作っていくきっかけとなっていく事を願います。  

スロベニアでの神輿渡御のご案内

2018/06/08 神輿、祭

2018年6月23日,スロベニア共和国の首都リュブリャナにて御神輿の渡御を行います。 同国での日本の御神輿の登場は初となります。 以下詳細です。 イベント名:Dan Japonske (Japan day) HP(スロベニア語):http://www.genki-center.com/povabilo-k-sodelovanju-na-dnevu-japonske-2018/ 主催:在スロベニア日本大使館   http://www.si.emb-japan.go.jp/website_jp/index_j.html スロベニアGENKIセンター  http://www.genki-center.com/ 企画:一休学生センター facebookページ https://www.facebook.com/ikkyu.ff/ 日時:2018年6月23日(神輿渡御は11時〜13時) 会場:Slovenski etnografski muzej Metelkova ulica 2 1000 Ljubljana(スロベニア民俗博物館) 渡御ルートは以下 今回の神輿渡御では,神戸小野八幡神社の神職である新渡戸涼恵さんをお招きし,神事を執り行っていただきます。 (新渡戸涼恵神職) 御神輿はベルリンでの渡御を終え,すでにスロベニアへ到着しております。 フランス,ドイツに続きヨーロッパでは3ヶ国目となる神輿渡御となります。 元々神輿が保管されていた横浜市栄区の春日神社より海を渡った神輿にさらに多くの人たちの思いが寄せられ,担がれて行くことを願います。    

ベルリン神輿渡御2018のご報告

2018/06/05 ベルリン神輿

2018年5月20日に行われた「ベルリン文化祭/karneval der kulturen」が終了しました。 本年で3度目となるベルリンでの神輿渡御が無事遂行されました事をご報告いたします。 ベルリン文化祭2018/karneval der kulturen イベントHP(英語)→  https://www.karneval-berlin.de/en/ ベルリン文化祭は,1996年から行われている,ベルリン最大級のイベントです。 歴史的に多文化共生都市であるドイツ・ベルリンでは毎年,約70ヶ国,5000人を超えるパフォーマーが約100万人の観客の前でパレードを行います。 パレードは,ベルリン市街,YorckstarasseからHermannplatzまで,約4時間ほどかけて様々なパフォーマンスが為されています。 拍連/Kashiwa-ren e.V. 拍連は,ベルリンの御神輿渡御,盆踊り大会(Ondo-Berlin)を主催している団体です。 明日襷は,拍連と共にドイツと日本,力を合わせて両方の開催を継続して来ました。 拍連ホームページ→   http://www.kashiwa-ren.com/ 神輿渡御の様子   今年は,晴天に恵まれ,当日も大変多くの観客が来ていました。日本からも,毎年神事をお願いしている岡山県備前国総社宮,武部一宏宮司をはじめ7人のメンバーがドイツを訪れ,現地の方々のサポートを致しました。 3回目となる今回も,無事に渡御を終えることが出来ました。ベルリンだけでなくドイツ各地から当日のためにたくさんの方が集まって来ており,日本の素晴らしい文化である御神輿をドイツの方々に披露することが出来ました。 また来年の渡御へ向け,拍連と共に歩んでいきます。        

ベルリン文化祭2018にて、今年も神輿渡御が決定

2018/03/14 ベルリン神輿

ベルリンにてもう一度神輿渡御を 2016年,2017年に引き続き,2018年5月20日にもう一度ベルリン文化祭「Karneval der kulturen」への参加,神輿渡御が決定いたしました。 一般社団法人明日襷と,ベルリンKashiwa-ren e.Vで協力しながら毎年日本とドイツの祭文化による架け橋となるため,神輿渡御を行っております。 ベルリン文化祭 http://www.karneval-berlin.de/en/ は,歴史的に移民が多く,多文化共生都市であるベルリンを舞台に70ヶ国以上,5000人以上のパフォーマーによる文化の祭典で,1996年に始まり,今年で23回目を迎えます。 神輿を中心に,盆踊り,太鼓,三味線,民謡などを複合的に組み合わせ,祭を創り上げていきます。 ベルリンでも,誇りを持って皆で創り上げるお祭りを ベルリンには,ドイツ人だけでなく様々な国を故郷に持つ人たち,日本に興味を持つ人たちが多くいます。 そういった人たちが,自身が普段生活する街で仲間たちと共に神輿を担ぐ特別な1日を創り上げていきます。 また,ドイツに移住した日本人が,日本に住んでいた頃の祭を思い出すきっかけになったり,家庭の事情で日本を離れなければいけない子供達にも祭の文化に触れるきっかけを作る事が出来ます。 遠くベルリンの地でも自分たちで仲間と協力し合いながら祭を創り上げ,誇りとなるような文化となって行く事を望んでいます。 祭の楽しさ,温かさ,そういったものをベルリンの仲間たちと協力し,一年に一度の約束として,ずっと続いていくものにしていくことで,新たな文化となっていくでしょう。 祭文化の素晴らしさは,その形式や方法ではなく,「共に守っていく」事に重要な意味があると考えています。 ヨーロッパへ渡った一基の御神輿がたくさんの縁をつなぎ,人々の思いを重ねる役割を担っている事に御神輿の魅力と可能性を感じています。 プレスリリースhttps://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000003.000031672.html

一般社団法人明日襷設立のお知らせ

2018/02/20 神輿、祭

平成30年1月26日,一般社団法人明日襷を設立したことをお知らせいたします。 今後も,日本の祭文化の継承,発展に寄与出来るよう,さらに活発に動いていきます。 日本の文化が海外からも注目され始め,見直されている今だからこそ,しっかりと足元を固め,深く理解していくことが必要です。 我が国が文化において何度も繰り返してきた消費を,我々は望みません。 祭文化,地域に残る風景のその価値を失うことのないよう,先人が守ってきたものを受け継ぐ準備を進めていきたいと考えています。 文化を守るためには,もちろん多分に経済的な視点も必要ではありますが,安易に流行に迎合してしまっては結果的に文化を壊してしまうことにもなりかねません。 先人が各時代にその在り方に対して答えを出してきたからこそ今があります。 我々は,経済や国際化の波に飲み込まれることなく,逆に乗りこなしながら,大きく変化してしまっているこの時代を乗り越えるための答えを出さなければなりません。 そして我々が出した答えはさらに次世代に引き継がれることとなります。 プライドをもって背中を見せることが出来るよう,これからも倦まず弛まず研鑽を重ね,技術を磨き,知識を増やし,ご縁を大切にしていきます。 新たな決意と覚悟を胸に,一般社団法人明日襷となり生まれ変わりました事をご報告いたします。 一般社団法人明日襷  代表理事 宮田宣也 プレスリリース https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000002.000031672.html  

【2017ヨーロッパ紀行文⑧】さあ,出航!

2017/10/12 ベルリン神輿

ヴィクトルの家を出ると彼は港まで連れて行ってくれた。 途中,オパティアのホテルにより,おばさんから何か受け取る。 「ヴィクトル,それなに?」 「島で友達が待っているんだ,奥さんから,彼に食糧をさ」 どうやら一週間分の食糧のデリバリーらしい。 僕らも一泊分の荷物をあれこれ積んで,港へと歩く。 「水を汲んで,ここで待ってろ」 ヴィクトルはもう水着に着替えて,船がたくさん泊まっているハーバーの方へ向かった。 ヴィクトルの船を取りに行くためには,泳いで行かなければならない。 僕らは荷物の前に座り込み,到着を待った。 「あれ,そうじゃない?」 少し遠くに何度もエンジンのスターターの紐を引っ張っている。 が,ちっともかからない。 「大丈夫かな・・・。」 5分くらい経ってエンジンがかからないと,ヴィクトルは寝そべって休憩したりしている。 僕らは少し不安になったが,いよいよ出発の時を感じ青く続く海を睨んだ。 ******************************************** ベルリンの盆踊りは大成功に終わった。 僕は片付けを終え,資材を積んだトラックに今日出店していた若い日本人のシェフたち二人を乗せ,宿へと戻った。 彼らは大阪からベルリンへと来て飲食を学び,やっと独立して店舗を持たないスタイルで営業しているらしい。 営業後,スタッフみんなにお弁当を作ってくれた。 あまりたくさんは売れなかったようだが,日本文化へのベルリナーの興味は予想以上だったようだ。 トライアルの意味も強かった今回の盆踊りパーティーだが,来年以降さらに発展して行く事が出来そうだ。 今年の反省を活かして,新たにまたベルリンの文化となっていけば嬉しい。 その日は夜も遅く,家に帰ってすぐ寝た。 次は,神輿をベルリンの日本人学校へと持って行かなければならない。 昨年に引き続き,ベルリンの小学生に神輿の文化を伝える。 日本人学校にいる子供達は,ハーフだったり純粋な日本人だったり,様々だが,大抵は親の仕事で一時的に日本にいる。 故郷は日本にあるので,なんとなく日本の思い出があるのだ。 お祭り行ってみたい,お神輿担いでみたい,だけどドイツでは・・・ と言った子達が多い。 そう言った子供達に近くで本物のお神輿を見せてあげたり,今年は加えて盆踊りも一緒に踊る予定だ。 昨年キラキラした表情を見せてくれた子供達,また会えるのかな・・・なんて僕は少し胸を膨らませていた。

受け継がれていく涙の理由〜周参見王子神社例大祭2017〜

2年前,僕はやすっちさんと出会い紀伊半島の先っちょにあるすさみ町へとやって来ました。 やすっちさんは優しくて最高にアツいアニキ。 お祭りの話を始めるとどこまでも止まらない,尊敬する先輩です。 昨年,すさみのお祭り最後のクライマックス,だんじりが境内で大きくターンする大回しが数年ぶりに大成功。 僕はロープの一番前を地元の若手と二人で,一生懸命走りました。 みんなの力が一つになり,だんじりを最高に美しく回すことが出来たのです。 その様子を見て,やすっちさんのお父さんは泣いていました。 下地の祭りをずっと支え,見つめて来た感動は,僕にはまだ,計り知れません。 祭りが好きだ!というたくさんのエネルギーが一つになって,だんじりに伝わっていったのです。 昨年はだんじりでしたが,今年僕は2回目のお神輿を担がせて頂きました。 本宮の日は,前日の宵宮での二日酔いで皆表情が少し翳っていました。 力を合わせてやっとだんじりを神社まで持っていって,神社について僕は衣装に着替えました。 僕が参加させて頂いているお祭りの地区「下地」は,お神輿を本当に大切にしています。 担ぎ手は,14人。毎年指名され,決定しているようです。 皆地域やお祭りに長く貢献している人たち。恐縮ながら,僕は今年も,特別に混ぜてもらいました。 お神輿は浜へ向かっていきます。 太鼓を積んだ担ぎ屋台,鉾や鉄砲,太刀などといった道具を持った人たち,神主さん,金幣(きんぺい)という金色の幣軸,そしてお神輿,だんじりと長い行列が作られます。 真っ青で突き抜ける様な青空と,汗ばむくらいの慶ばしい日差しの中を進んでいくのです。 すさみの海は透き通って,遠くには鳥居が見えます。 神輿は白いビーチへ浜降りをしてから,御仮屋へと向かって行きます。 流れる空気はどこまでも穏やかで,暖か。 みんなずっとニコニコしています。みんな,地元の仲間たち。 お神輿を下ろして,担ぎ手は,“宿”と呼ばれるところで食事をいただき,だんじりや屋台を担ぐ若連中は,基地となっている会館へ戻って食事と,だんじりを引くためのメイクをしに行きます。 昨年僕もしてもらいましたが,みんな顔を塗りたくって変身します。 楽しいことが,たくさん。 食事を終えると,神輿発御の神事が行われました。昼の間に担ぎ手も若連中も,神主さんもしたたか酒を飲みさっきよりも少し空気は橙色に染まっているような気がしました。 嬉しい風が吹いています。きっと,お神輿の中ですさみの神様も感じているはず。 もう一度,お神輿が上がりました。 帰り道は,お神輿を色んな家の前で何度も力強く差し上げます。 「ほらさせ!ほらさせ!」「ちょーさや!」 と声を上げながらたくさんの人を笑顔にしていきます。 駅前では激しく屋台と差し合い,ぶつかり合う。 みんなも勢いづいてきます。お祭りはもうすぐクライマックス。 行列はいよいよ,神社へと向かっていきます。 昨日の夜,みんなで酔っ払いながら,歌いながら,肩組みながら歩いた道を,まっすぐに,ゆっくりと。 これが終わると,今年もお祭りは終わり。 ちょっとだけ寂しさが込み上げて来ました。 屋台が,境内へ入って行きます。 僕らの担ぐ神輿も,差し上げ,ぶつかります。 何度も,何度も。一見荒々しいが,みんな楽しそうです。 屋台と神輿は絡み合い,美しく回りました。 屋台が先に境内を出て,鳥居へ向かう時,後ろのひできさん(太鼓の大師匠,やすっちさんの先生)が前で担いでいた僕を呼び, 「宮田くん,宮田くん」 ニカッと少しいたずらっぽい表情で,担ぎ棒を揺さぶりました。 僕も目で合図して, 「じゃ,行きますか!」 僕は力の限り神輿と共に跳躍して,鳥居へ向かっていきました。 担ぎ手や仲間たちの歓声で,神輿は激しく豊かに動き,鈴が鳴り,鳥居を潜ります。 先に拝殿へ上がっていく屋台は,みんなの歓声に包まれて楽しそうに階段を上がっていきました。 お神輿の番,合図とともに担ぎ手の気持ちは一つです。 僕らも,最高に楽しく宮入を。 鳥居を潜り,目の前で嬉しそうに上がって行く屋台を見て僕らもエンジンは暖まっていました。 先ほどよりもさらに激しく,そして楽しく神輿を拝殿に担ぎ入れます。 最高に楽しそうに,神様を乗せた神輿は一日かけて,神社へと帰って来たのでした。 「宮田くん!本当に楽しかった!最高!」...

【2017ヨーロッパ紀行文⑦】空手家,ヴィクトル

2017/09/30 ベルリン神輿

僕らはバスに乗りこんだ。 クロアチアのバスは2両に分かれていて,とても長い。 少し不機嫌そうな運転手を横目に,たくさんの荷物を抱えた僕らは青く美しい外の海と空の景色を見ていた。 目印はガソリンスタンド。 さっき出会ったおじさんが教えてくれた。 そこが僕らの目的地,オパティアという街だ。 ガソリンスタンドは,道沿いにあるのかと思ったら少し大きめのターミナルの中にあった。 神経を集中して三人で探していたが,それは必要なかったようだ。 バスを降りると,大きめのバイクに乗った体格のいいライダー。 vidを発見して彼はこちらに寄って来た。 「ようこそ,オパティアへ!」 僕らは彼の家まで歩いて行く事になった。 大冒険の始まりだ。これから僕らは,彼の船に乗って4時間(と,この時点では聞いていた)走り,クロアチアの島へキャンプに行くのだ。 彼の名は,ヴィクトル。vidの父親の愛弟子だ。 ヴィクトルの家へと,僕らは坂を登り始めた。 ******************************************** ベルリンの盆踊りが終わった。 21時を過ぎても明るいベルリンの街だが,片付け始めるとだんだんと日が落ちて来た。 ベルリンの仲間と一緒に,一気に片付けを始めた。 紅白幕や提灯を外していく。 高いところの作業もあるので,急いで撤去だ。 日本人とドイツ人,その辺にいた人たちも一緒になって片付けを進めて行く。 僕らの盆踊りは,今日終わった。 そこに流れている空気はとても温かだ。 みんなで協力して組み立てていった時間。 たくさんの人たちの嬉しい気持ちが空気となって残っていた。 日本の楽しい文化が,ここベルリンでも笑顔を作ることが出来たこと。 また僕は,日本文化の素晴らしさを感じた。 さて,次は一週間後,もう一度,2回目の神輿が上がる。 カウントダウンは始まった。 昨年,みんなで起こした奇跡をもう一度! 祖父のお神輿は,もうすでにベルリンに到着している。 全部片付け終わり,最初来た時の様子に戻った会場。 しかしそこには,僕たちが残した温かな空気が残っていた。

【2017ヨーロッパ紀行文⑥】クロアチアの駅

2017/07/13 ベルリン神輿

クロアチアについたのは,朝8時過ぎだった。 丘の向こうに,海が見える。線路の脇には小さな植え込みがいくつかあって,老夫婦が庭いじりをしている。 暖かく乾燥したヨーロッパの気候と風景によく馴染んだカラフルで華やかな植物たち。 青く広がる海からくる夏の朝のカラッとした風に吹かれていた。 目指すは,オパティアという町だ。 そこにvid君の父親の空手仲間が住んでいるらしい。 今回の旅のプランは,彼の船に乗り4時間かけて島に渡って釣りをしながらキャンプするといった内容である。 線路を渡ってよく手入れされた可愛らしい庭の間を通り抜け,僕らはバス停へ向かう。 坂道を下ると,スーパーがあり,僕らはそこで夜のためのビール(信じられないくらい大きなペットボトルに入っていた)と,船酔いが心配だというコム君の酔い止めを買った。 バス停は,スーパーの目の前にある。バスが来るまで,あと30分ほどだ。 ベルリンの盆踊りが全部終わったころ,夜10時を過ぎていた。 夜9時まで明るいので,提灯の明かりで盆踊りは出来なかったが,終わりに近づくとそこにいたみんなもだんだんと名残惜しくなってきたようで,休憩を何回か挟んで汗だくになるまで踊っていた。 日本人も,外国人も。 盆踊り,こんなに楽しいのに,日本だと何故みんな踊らないんだろう。 どうして無くなってしまうんだろう。 実際に,僕も最近まで地元の盆踊り踊っていなかったし,他の地域で踊るなんてのは考えもしなかった。 多分,どこの盆踊りにいっても踊っているのは着物を着たおば様方で,若い人たちは踊りを踊るよりも焼きそば食べながらビール飲んでいる。 日本人が忘れてしまったのは,踊り方じゃなくて楽しむというマインドなんじゃないか。 どんな国のどんな文化も,だいたい心を豊かにすることを目的としている。 喜びや楽しさを体で表現できることは,豊かな文化があると言える。 沖縄の人は,嬉しいことがあればすぐに歌うし,宴会で盛り上がれば踊り出す。 政治家が当選した時も,その喜びを踊りで表現している様子がテレビで中継されている。 恥ずかしいとか,みっともないとかじゃなく,思い切り今を楽しむこと。 そんな気持ちを,忘れてしまったのかな。 しかし,色んな場所で気軽に盆踊りをしているうちに,本当はそうではないような気もしてきた。 実はもっとみんな踊ってみたくて,もっとみんな楽しみたいのだ。 「ちゃんと」しなきゃとか,「誰かが見ている」とか。 優等生でなければいけないという先入観が,一歩踏み出すことを拒んでいる。 確かに,上手に踊れた方が,上手に担げた方が楽しい。 だけど一番魅力的なのは,いちばん上手な人よりもいちばん楽しそうな人なんだと思う。 初めての祭りで,「とっても楽しそうに担いでましたね」と声をかけてもらえると,嬉しい。 上手な人がたくさんいるよりも,楽しそうに踊っている人がたくさんいる盆踊りをしてみればいい。 ベルリンの盆踊りも,みんな楽しそうだった。 輪が次第に大きくなって,みんなの声も大きくなって。 新しい仲間たちと,同じ踊りを踊り,同じ体験を共有すること。 それを実現させてくれているのが,日本の文化なのだ。 最後の曲を終えると,みんな最高の笑顔で讃えあっていた。 僕は提灯と紅白幕を外しながら,なんとかやり終えた安堵と,次の週に控えるお神輿の渡御を想っていた。  

2017ヨーロッパ紀行文⑤輪になって

2017/07/05 ベルリン神輿

リュブリャナ駅。客車の扉にかけられていた錠前が外された。 続々と,と言えるほど人はいないが同じ列車に乗る人達がホームの階段を上がってくる。 発車時刻は6時30分。早朝だ。 あくびをしながら退屈そうにしているおっさんや,自転車を一人づつ抱えているサイクリングで旅をするつもりであろうカップルなどがいる。自転車もそのまま持ち込めるようだ。 列車には落書き(ストリートアートというらしいが僕には落書きにしか見えない)がされ,ドアも自分で開けるスタイル。しかもホームが大変低く,階段を2段ほど上がってやっと扉がある。 荷物が多い人やお年寄りには大変だが,ホームと電車の間に落ちることは無いだろう。 僕たちは電車に乗り込んだ。 列車は個室がいくつも連なった構造になっている。 空いている部屋を見つけ,ひと安心。 目的地までは,約2時間半。世界の車窓から,スロベニア編を楽しもうと思ったが眠気の方が強く,さっさと横になった。 予定の時刻から10分ほど遅れ,やっと列車は出発した。 車輪がレールの上を走る振動を感じながら,僕は目を閉じた。 ベルリンの盆踊り会場。 準備は早めに終わり,たくさんのメンバーに恵まれたこともあって初めてのわりにかなり余裕を持って開場することが出来た。 14時〜21時という長丁場,太鼓の演奏なども挟みながらのイベントとなる。 浴衣を着たひとたちが,ちらほら集まってきた。 日本人もいるし,ドイツ人もいる。何より嬉しいのは,浴衣を着た子供達がたくさんいること。 一年に一回くらいしか着ないであろう浴衣を,この日に用意して着てくれている。 オープニングの挨拶を済ませ,早速盆踊り。 浴衣に着替えた日本人のメンバーたちを見本に,子供たちに踊りを教えていく。 炭坑節や,東京音頭など,ベーシックなものから,じゃこっぺ踊り,郡上踊りなど少しディープなものまで。 踊りやすい簡単なフリを厳選して,子供達と一緒に踊る。 親に連れられて踊ってるのか操られてるのかわからないくらいの小さな子供は,輪の中にいるが小学生くらいになると女子グループで会議が始まっている。 「えー、踊る?どーする?」「面白そうだけど、わかんないしー」 みたいな会話がされているような雰囲気を漂わせながら,3人くらいで遠巻きに見ている。 踊りの真ん中から横目で見ていると,たまに手だけ合わせてみたりしてて,可愛らしい。 しかしどうやら,輪に入らない原因は会場にもあったらしい。 会場には砂利が敷き詰められていたのだが,ちゃんと草履を履いてきていた子達には,間に石が入って痛いようだ。僕は日本から下駄を持ってくるのが面倒だったので,足袋を履いていて気にならなかったが下駄や草履を履いている他のメンバーも少し痛そうだ。みんな踊っていたが。 色んな子供達がいる。 我関せずと砂利で山を作っている子供や,お母さんの手を強く握り見慣れない盆踊りの輪をじっと見ている子供。 フリなどあまり気にせずオリジナルダンスを踊り続ける男の子。 様々だが,それぞれ盆踊りという非日常を楽しんでいるようだ。 僕らがこうやってわざわざベルリンに来て盆踊りやお神輿を行う理由はここにある。 幼い頃,盆踊りや縁日がとても楽しみだった。 踊りなんか踊っていないし,多分駆け回ってただけだけど,たくさんの人が集まって,出店でくじ引きしたり,友達と追いかけっこするのが楽しかった。 幼き記憶の中に祭りがある,それは日本人にとって大きな財産であると思う。 お囃子の音,浴衣や半纏,焼きそばのにおい,ちょうちんの灯。 それを見るとなんだかワクワクする気持ちは,子供の頃刻まれた原風景なのだ。 ベルリンにいる子供達に,そんな原風景を届けてあげたい。 目の前で一生懸命に踊る少年に,僕は記憶を重ねていた。