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天空の茶畑5 蘇る茶の記憶

「なつかしい香りだねえ。」 サスケさんは茶を揉みながら言う。 25歳の時、生涯を茶にかけようと単身、春日から静岡の試験場へと修行へ行った。 そこには当時の最新の茶の設備、技術があった。 サスケさんの青春は、茶とともにあったのだ。 記憶がよみがえって来る。 「もう少し」 すべてはサスケさんの手の感覚である。 静かに微笑んでいたサスケさんは、活き活きしてきた。 小さな体だが、お茶に触れ始めたサスケさんは鋭気が充実している。 お茶を見つめる眼差しは、少年のようだ。 手もみをするのは20年ぶりらしい。 春日の茶の歴史の原点を、この人は知っている。 僕が春日の手もみ茶を飲んでみたいと思ったのは、春日と出会ってからしばらくしてからだ。 最初春日に来た時ははさみで刈り、機械でもんだ。 そしてそれは至極当然で、春日の茶農家は全てそうやって茶を作っている。 むしろ機械で刈るのがメジャーな中、はさみで刈るスタイルは古典的だった。 その中で、春日の茶で紅茶を作っている中村さよさんに出会った。 さよさんはこの春日の素晴らしい環境と茶を広めようと、春日茶で紅茶を作り商品化した。 初めて飲んださよさんの紅茶は鮮烈で、その魅力に取りつかれた。 しかし僕は、緑茶を飲んでみたかった。 もちろん機械でもんだ春日茶はとても美味しい。 しかし、そうそれは茨城の小田の人に聞いたのだ。 「昔ばあちゃんが摘んできて、一生懸命もんだお茶はうまかったなあ、もう一度、飲んでみたいなあ。」 70代の方が言うその言葉、その記憶を春日で再現してみたかった。 春日、手摘み、手もみの茶。 きっと数百年間、春日はこの緑茶で歴史を築いてきたのだ。 僕はそれを味わってみたい。 歴史の海に身を投じ、時の波の中に入り込む。 こんな瞬間がたまらなく好きだ。 茶もみは、長い闘いだ。約5時間、とにかく揉み込む。 力いっぱいもんでもだめだ。 茶を感じ、茶と対話し、その時々に合わせて最適に力を入れていかなければならない。 僕らは何も知らなかった。 サスケさんは、ずっとニコニコして茶を触っている。 この人とともに茶をもめること。 素晴らしく豊かな時間だった。 最高級の感動、それがアシタスキだ。 僕は真剣に揉み込んでいく。 最高の仲間と、どうしても感じてみたい一瞬のために。 約5時間の時が経ったろうか。 サスケさんは最後まで見ていてくれた。 かぐわしい香りに包まれて、輝くような茶が出来た。 茶を飲めるのは、明日。 ホイロの上でしばらく乾燥させ、完成。 明日の朝、サスケさんの家へと届けに行く。 僕たちは、ここちよい疲労と、やわらかな時の波の中にいる素晴らしい感覚に包まれその夜を終えた。

天空の茶畑4

100年という時は一瞬なのか。 僕たちは2週目の春日にいた。 最初、はいつなのかわからない。 荒れた茶畑の先端は太陽に向かっている。 僕たちは時を超えようとしている。 そこはもう十数年の間放っておかれた畑だった。 手入れされた茶畑のように株はそろっておらず、一本一本の枝は自由に長く伸びている。 命の限りの芽吹きは土地と共に生きて来た茶の声となる。 一枚一枚摘んでいく度に聞こえる音も、清流と合わさり爽やかな空間を演出する。 視界の中に登場する色彩も多様となる。 薮と化した茶畑をかき分けながら新芽を獲得する様は、さながら山菜取りのようだ。 「向かい通りやる七人山伏 まず腰かけてお茶参れ  お茶も茶の子も所望じゃ御座らぬ 茶を売る姫こそ所望なり  山伏おどりを一おどり 山伏おどりをひとおどり」 昨年の春日のお祭りで披露された太鼓踊りの唄だ。 茶を摘みながら口ずさむ。 祭りの唄の中に「茶」が刻まれていることは大変興味深い。 春日の祭りと人は茶の歴史と共にある。 今日もひとしきり茶を摘んだ。 帰る途中、わざと遠回りしながら沢を歩くと、生え変わって間もないだろう鹿の角が落ちていたり、わらびがたくさん生えている丘を見つけたり。 目の前にたくさんの小さな発見がある。 豊かな心のワクワクが、いたずらっぽい笑顔に変わる。 帰り道さえも遊びの道なのだ。 その夜は、素敵な来客があることになっていた。 82歳の春日のレジェンド、藤原サスケさんだ。 今回、数十年ぶりに春日の手摘み、手揉み茶を復活させるためにやって来る。 手作りの焙炉に火を入れる。 炭は、春日の炭窯で作られた樫炭だ。 上段の助炭(和紙)が温まって来る。 サスケさんが、到着した。 作業着を来た小柄なおじいちゃんだ。 とてもニコニコして、何かお役に立てればねえ、と言いながら車を降りる。 余裕のある所作が、穏やかな性格を現していた。 サスケさんは玄関にいきなり置かれた焙炉を見て、小さめだけど良く出来ているねえ、と誉めてくれた。 僕はとても嬉しかった。 人々の記憶の中に機械で揉まれていた茶の風景しかない今、巡り会わせた春日の歴史だった。 サスケさんは25歳の頃、茶商を志し単身静岡の茶の試験場へと修行に出た。 毎日その頃の最先端の茶の技術に触れながら茶に己の人生をかけた。 もちろん、手揉みの技術の習得は必須だっただろう。 何度も、何度も擦り切れるまで揉んだであろうその手には、サスケさんの茶と共に生きた風景がしみ込んでいるはずだ。 「さて、と」 サスケさんは上着を脱いで、頭に手ぬぐいを巻いた。 「髪の毛が入ると、いけんからね」 茶を語り出すと饒舌になる。 最初から最後まで、数々の茶の行程を溢れる記憶ともとに語りだす。 サスケさんも、手揉みは数十年ぶりと言う。 茶にかけた青春を、もう一度思い出して僕たちに伝えてほしい。 グツグツと煮えた鍋が用意された。 サスケさんの手が摘んで来た茶を掴み、蒸し器に茶が入れられる。 茶を蒸す作業は慎重で、サスケさんの勘が甦って来る。 ふたを開け、茶を触りながらもう少し、そろそろだ。 と言う姿はなんとも頼もしい。 手に触れる茶の記憶が、だんだんとサスケさんに気を漲らせて来た。

天空の茶畑3

新芽の香りを知っているだろうか。 茶を摘んでいると包まれる、爽やかで若々しい緑の空気を知っているだろうか。 春日村。 ここにはそんな豊かな感覚が残っている。 心を解き放つ。 体が、喜んでいる。 春日の茶を手で揉んでみたい。 そう思ったのはどうしてだろう。 春日村には茶工場があり、全ての農家は機械で茶を揉んでいる。 僕はいつも原点に帰ってみたくなる。 僕たちの生きていた時代のもっともっと前。 このお茶の里に生きる人達が作って来た時代。 そこに流れていた風景の中にはもしかするとさらに新鮮な感動があるのではないか。 それは宝探しのようなものなのかも知れない。 いつかの少年は、森を、川を、神社を駆け巡り様々な宝物を探していた。 少年にとっては、きれいな石やカブトムシも素晴らしい宝物だった。 僕は今でも探しているのだろう、そしてそこで何かが見つかることも知っている。 最高級のワクワクがいつも僕に宝物の在処を教えてくれるのだ。 焙炉、という道具がある。 かつて茶を揉むために用いられた道具だ。 約40度の温度に茶を保ち、4~5時間もみこむことで茶は乾燥する。 どうしても、必要だった。 しかし、焙炉は見つからない。 春日村には残っていないのか。 かつて茶の先進地域だった春日村は、現在のおじいちゃん、おばあちゃんの時代でさえ機械が導入されていたという。 手揉みの文化は、茶が盛んだったからこそ早く消えてしまったようだ。 手揉みの茶を飲むためには、焙炉を作るしかない。 僕は思い立った。 しかし昔の機械を作るのは難しい。 設計図がある訳でもない。 構造と原理を理解し、組み立てる。 単純だが試行錯誤が必要だ。 これが、出来上がった焙炉。 作り上げてみると大変シンプルなものとなった。 一番上には鉄板が乗り、厚手の襖紙を敷く。 二段目に、七輪が乗り、中で炭を焚けば表面が暖まる。 完全オリジナル。 もんでみるのが、楽しみだ。 茶はたくさん摘むことが出来た。 やはり新茶の時期は手摘みでも摘みやすい。 たくさんの仲間と共に、摘んだ茶。 揉み方はわからないが、やってみるしかない。 揉み始めるのはもう夜。 午前、午後と茶を摘み、風呂に入ってご飯を食べると夜になってしまう。 これから4時間。長い闘いとなる。 果たして、100年を超える時を経て春日の原風景を取り戻すことが出来るだろうか。 夕ご飯は、カレーライスだ。 春日に来ると夜はいつもカレーライスを食べる。 付け合わせに春日の野菜や野草を調理したり、お裾分けをもらう。 今回は贅沢なものを持ってきた。 僕の里の近く、横須賀は佐島のアジとサバを締めたもの、そして旬のアオリイカの醤油漬けだ。 春日の山の中で海の幸を食べる贅沢。 新鮮な刺身、というわけではないが酢や塩で締めたり、醤油漬けにすることで味わえる。 一日の疲れも、仲間と共有すれば心地よい。 豊かな夕飯の時間が過ぎていく。...

天空の茶畑2

庵・花茶には様々な香りが混じる。 緑茶、紅茶、半発酵茶。 今摘んできた茶は様々にその姿を変えていく。 数年前まで、緑茶も紅茶もウーロン茶も同じものから出来ていることさえ知らなかった。 茶、といえばペットボトルのお茶が一番最初に頭に浮かんだ。 ウーロン茶も、居酒屋でしか飲まない。 いつしか茶の文化は、日常から乖離し、すれっからしとなっていた。 僕自身もそうだ。 お茶とは、何なのか。その原点に触れてみたい。 僕はいつもその深奥を覗きたいのだ。 庵・花茶には濃いこがね色に色づいた茶もみ用の和紙がふたつのテーブルに敷かれている。 新茶の季節の朝は、ティーファクトリーのお母さんたちが朝摘んだ茶を揉んでいる。 「ちょっと、手伝って」 そんなお母さんたちに呼ばれ、商品となる紅茶を揉む。 「なかなか、上手ね」 手で揉んでいく作業はとても楽しい。 お母さんたちは里の話を口々にしながら、優しく揉み込んでいく。 人の手は心を伝える。 ティーファクトリーの紅茶に味以上の魅力があるのは、この風景があるからだろう。 20分もすると、茶がもまれてくる。 もんだ茶の葉は広げて、発酵の段階に入る。 緑だった葉はいつしか色が変わり、紅茶のかぐわしい香りが漂ってくる。 こうなった紅茶の色を、「茶」色というのだろうか。 外は弾けるような晴天だ。 まだ季節は春。 土手には蕨が頭を出している。 透き通った水が嬉しそうに流れている。 僕は思わず、深呼吸をする。 水の中に飛び込みたい衝動に駆られるが、少し足を水につけてみると、まだとても冷たい。 去年の夏思いっきり水の中で仲間たちとあそんだ日々を思い出す。 幼いころ、川でおぼれそうになりながらカエルを追いかけた幼き原体験が頭をよぎる。 はじめ水面を怖がっていた僕は、まだ小学生だっただろうか。 いつもの畑で茶を摘んでいると。 「そういえばまだ言っとらんかったんのやけど」 畑の持ち主の、のり子さん。 実はもう一つ、十数年ほっとかれた畑があるのだと言う。 どうなってるかわからないけど、行ってみることにした。 その畑はたどり着くことさえ大変で、ガードレールをくぐり崖を下る。 しばらく人が立ち入らなかったことはすぐにわかる。 畑だとは、すぐにはわからない。 「ここなんやけどねえ」 およそ見慣れた茶畑ではない。 一つ一つの茶株は大きく、枝は光を求め長く伸びている。 新芽も一つ一つが大きい。 僕たちは、とりあえず摘んでみることにした。 この株は、いつも僕たちが摘んでいるお茶の親、つまりこの茶株から接ぎ木をし、畑を増やしたようだ。 単純に、100年以上が経っているはずだ。 時を超えた風景を、時を超えた味を再現したい。 夢のようなタイムスリップを思うと、僕の中の少年はとめどなくワクワクしていた。

天空の茶畑1

緑の風が吹いていた。 今年も茶摘みの季節になった。 割と急な斜面は緑の海に覆われ、表面に淡く見える若緑のベールが新茶の頃を伝える。 僕たちはほのかに香る瑞々しい茶の香りに包まれてその命の芽吹きを頂いている。 ここは岐阜県、春日村。 昨年初めて僕たちは訪れた。ちょうど一年前だ。 失われてしまうかもしれない茶畑を何とかしたい。 その思いで昨年僕たちは3人でここを訪れた。 荒れかけていた茶畑は、粗削りながらも今年は収穫の時期を迎えることが出来た。 春日村は僕らのふるさととなった。 春日で出会うたくさんの仲間に恵まれ、今年もこうして茶摘みをすることが出来る。 大きな慶びだ。 共に茶を摘む仲間も増えた。 何のご縁もなかった土地の中で、僕らは少しづつその風景となっている。 茶。 春日を訪れるまではこんなに豊かな世界だとは気付こともなかっただろう。 茶に人生をかける人たちとの出会いと、茶とともに生きる里。 ここで感じる何か、が僕の感性に大きく訴えかけていた。 そこにはたくさんの物語があった。 茶の芽はどうしてこんなにも美しいのだろう。 その芽は柔らかく、瑞々しく、命の美しさを纏う。 手で丁寧に摘んでいく。 新芽がたまっていく籠は、たくさんの感謝の気持ちで溢れるのだ。 手摘みのお茶を作っている農家は、果たして春日にいるのだろうか。 昨年であった中村さよさん達は、手摘み手もみで紅茶を作っている。 そのお茶は高く評価され、日本でも2番目の高級和紅茶である。 しかし緑茶を手摘み、手もみで作っている所は見つからない。 おそらく茶が伝わった約800年前から、茶の里春日を作り上げた煎茶、その手もみ茶を飲んでみたい。 今回僕はそんなことを目論んでいた。 日差しが眩しい。 僕たちは日を浴び、風を受け精一杯緑の芽吹きを摘んでいる。 胸に充満する茶の香りはどこまでも爽やかだ。 体中に豊かな力が漲ってくる。僕は今生きているのだ。 手摘みの他に、はさみでも茶を刈る。 ここ春日には日本でも超希少となった在来の茶畑が残っている。 在来茶は大変珍しく、その味、香り、エネルギーは独特の力を持っている。 しかし後から植えた「やぶきた」のように揃って生えておらず機械摘みが出来ないので、茶を刈るように改造された特殊なはさみで刈る。 要領は庭師の剪定によく似ている。 刃にはねっとりと茶渋がこびりつく。 よく使いこまれたはさみの黒い柄には、たくさんの人の手と思いが刻まれていた。 はさみで摘んだお茶は茶工場へと持っていく。 一年に数日しか空いていない茶工場は大忙しだ。 ひっきりなしに収穫された茶が運び込まれ、軽トラックが往来する。 もうもうと水蒸気がたつ工場からは茶を蒸す香りが噴き出している。 僕たちが刈った茶は約50kg。揉んで乾燥させると約4分の1になる。 新茶の仕事真っ盛りの真っ黒に日焼けした男たちは何とも誇らしげだ。 体中にまとわりつく茶の匂いを漂わせ、いつも滞在している改装された古民家、庵・花茶へと足を向けた。