天空の茶畑3
2014/06/12 [岐阜県揖斐川町]春日茶新芽の香りを知っているだろうか。
茶を摘んでいると包まれる、爽やかで若々しい緑の空気を知っているだろうか。
春日村。
ここにはそんな豊かな感覚が残っている。
心を解き放つ。
体が、喜んでいる。
春日の茶を手で揉んでみたい。
そう思ったのはどうしてだろう。
春日村には茶工場があり、全ての農家は機械で茶を揉んでいる。
僕はいつも原点に帰ってみたくなる。
僕たちの生きていた時代のもっともっと前。
このお茶の里に生きる人達が作って来た時代。
そこに流れていた風景の中にはもしかするとさらに新鮮な感動があるのではないか。
それは宝探しのようなものなのかも知れない。
いつかの少年は、森を、川を、神社を駆け巡り様々な宝物を探していた。
少年にとっては、きれいな石やカブトムシも素晴らしい宝物だった。
僕は今でも探しているのだろう、そしてそこで何かが見つかることも知っている。
最高級のワクワクがいつも僕に宝物の在処を教えてくれるのだ。
焙炉、という道具がある。
かつて茶を揉むために用いられた道具だ。
約40度の温度に茶を保ち、4~5時間もみこむことで茶は乾燥する。
どうしても、必要だった。
しかし、焙炉は見つからない。
春日村には残っていないのか。
かつて茶の先進地域だった春日村は、現在のおじいちゃん、おばあちゃんの時代でさえ機械が導入されていたという。
手揉みの文化は、茶が盛んだったからこそ早く消えてしまったようだ。
手揉みの茶を飲むためには、焙炉を作るしかない。
僕は思い立った。
しかし昔の機械を作るのは難しい。
設計図がある訳でもない。
構造と原理を理解し、組み立てる。
単純だが試行錯誤が必要だ。
これが、出来上がった焙炉。
作り上げてみると大変シンプルなものとなった。
一番上には鉄板が乗り、厚手の襖紙を敷く。
二段目に、七輪が乗り、中で炭を焚けば表面が暖まる。
完全オリジナル。
もんでみるのが、楽しみだ。
茶はたくさん摘むことが出来た。
やはり新茶の時期は手摘みでも摘みやすい。
たくさんの仲間と共に、摘んだ茶。
揉み方はわからないが、やってみるしかない。
揉み始めるのはもう夜。
午前、午後と茶を摘み、風呂に入ってご飯を食べると夜になってしまう。
これから4時間。長い闘いとなる。
果たして、100年を超える時を経て春日の原風景を取り戻すことが出来るだろうか。
夕ご飯は、カレーライスだ。
春日に来ると夜はいつもカレーライスを食べる。
付け合わせに春日の野菜や野草を調理したり、お裾分けをもらう。
今回は贅沢なものを持ってきた。
僕の里の近く、横須賀は佐島のアジとサバを締めたもの、そして旬のアオリイカの醤油漬けだ。
春日の山の中で海の幸を食べる贅沢。
新鮮な刺身、というわけではないが酢や塩で締めたり、醤油漬けにすることで味わえる。
一日の疲れも、仲間と共有すれば心地よい。
豊かな夕飯の時間が過ぎていく。
いよいよ、茶を揉む。